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冴雫
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「……ぃしやぁ~きぃいもぉ~、焼き芋!」

 独特の抑揚をつけたノイズ混じりの売り文句が、寒風を押しのけるようにして聞こえてきた。
 途端に、テーブルの向かいで問題を解いていた望美がぱっと顔を上げる。
 そのまま勢いよく立ち上がり、かけてあったコートを引っ掴むと「買ってくる!」と言い置いてバタバタと玄関へ向かった。
 もっと近くに来てからでもいいんじゃないか、などと止める間があらばこそ。
 すぐに玄関の扉が開閉する音が大きく響いた。

 今日は石焼き芋の販売トラックが回ってくる日だから買いに行く、と宣言してコートや財布の準備をしていたが、ここまで気合が入っているとは。
 どうやら今回の焼き芋は望美のおごりらしいので、せめてと茶を煎れる為の湯を沸かすことにする。
 ケトルに水を入れて火にかけ、急須や湯呑み、茶葉を用意しておく。
 テキストも食事の邪魔になるので片付けて、テーブルをしっかりと拭いた。
 沸騰した湯をポットに移して、望美が帰ってくるのを待つ。

 しばらくすると重い扉の開く音がして、「ただいま」と明るい声が聞こえてきた。
 将臣は廊下に顔を出し、望美を迎える。

「おかえり」
「ただいま! 焼き芋、買えたよ。おまけしてもらっちゃった」

 にこにこと嬉しそうに笑う望美の手には、新聞紙に包まれた焼き芋が抱えられている。

「よかったな。ほら、茶煎れてやるから、手洗ってこい」

 声をかけながら引っ込むと、望美は「はーい」と返事をして将臣の後に続き、テーブルの上に包み紙を置いた。
 そしていそいそとコートを脱ぎ、洗面所へと向かう。
 将臣はその様子を横目で見ながら、急須にほうじ茶の茶葉をたっぷり入れ、ポットから湯を落とす。
 三十秒程蒸らして、近づいてくる足音を聞きながら湯呑みに茶を注ぐ。
 リビングに戻ってきた望美を席へ促すと、湯呑みをテーブルに運び、向かいの椅子に腰掛けた。

「ほうじ茶でよかったか?」
「うん。将臣くん、ありがとう」

 望美は手を温めたいのか、両手で包むようにして湯呑みをもつ。
 そっと持ち上げ、唇を尖らせてふぅふぅと息を吹きかけ、少し冷ましてからこくりと一口。

「あったかい」

 続けて数口含むと、まだ僅かに寒さに強張っていた身体がゆるむ。

「それじゃあ、待望の焼き芋を……」

 いくつかある包みのうち、一番大きく見えるものへと手を伸ばす。
 そわそわと新聞紙を剥ぐと、どしっと構えた焼き芋が現れた。

「これがおまけしてもらったやつで、一番大きいんだよ」

 そう言いながら、望美は大きな焼き芋を真ん中から割った。

「はい、まずはこれをはんぶんこ」
「お、サンキュ」

 赤紫色の皮に覆われていた黄金色の中身は、いかにも美味しそうだ。
 皮を気にせずかぶりつくと、優しい甘みが口内に満ちる。
 望美も同じように皮ごとの焼き芋を笑み崩れた顔で咀嚼していた。

「うん、おいしい!」
「ああ、うまいな」

 ほくほくした焼き芋は温かいうちに食べてこそ、だ。
 交わす言葉も少なく食べ進めていると、すぐに半本分の焼き芋を食べ終えてしまう。
 相手はどうかと様子を窺うと、望美の顔に髪が一筋さらりと落ちかかるのを目撃する。

 望美もそれに気づき、手で髪を払おうとして動きを止めた。
 見れば、指先には黄色い欠片がついている。
 焼き芋を割った時についたものだろう。

 一方将臣の手は、皮にしか触れていないのでさほど汚れていない。
 念の為に軽く指先を拭ってから、手を伸ばして髪を耳にかけてやる。
 その拍子に耳朶に触れてしまった。
 赤く色づいてまだ冷たいのかと思ったそこは、意外と温かい。
 接触に驚いたのか、ぴく、と望美の肩が微かに跳ねた。

「あ、わりぃ」
「うっ、ううん、ありがとう」

 ぶんぶんと頭を振った望美は幾分急いた動作で、焼き芋の最後の部分を口に放り込んだ。
 流し込むように茶を飲み、残った新聞紙の包みに手をかける。

「全部食べちゃおう! 将臣くんはどっちがいい?」

 姿を現した二つの焼き芋は、細長いものと短く寸胴なものと形の差こそあれ、重量は大差がなさそうだった。

「俺はどっちでもいいぜ。お前は?」
「私? う~ん、どっちにしようかな」

 望美は小首を傾げ、しきりに二つを見比べている。
 いかにも決めかねている様子に、将臣は近くにあったほうを手に取ってしまう。
 それを追って上げた望美の視線に自らのものを合わせ、にやりと笑ってみせた。

「なら、こっちも半分ずつ食おうぜ」

 望美は目を丸くし、しかしすぐにぱあっと顔を輝かせた。
 将臣は手にした焼き芋を折り、片方を差し出す。

「ありがとう」

 望美は受け取ると大きく口を開けて頬張り、目元を綻ばせた。
 ごくりと嚥下して、余韻を辿るように瞼を下ろす。
 ふと息を零して目を開き、破顔一笑。

「やっぱり、二人で食べるとおいしいね」
「……そうだな」

 将臣も、片割れに歯を立てる。
 口に含んだそれは、胸につかえそうなくらいに甘く感じた。
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