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冴雫
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熊野で望美達と再会し、共に行動すること数日。
 今日は用事がある者が多いからと自由行動になったものの、将臣の予定はぽっかりと空いている。
 ひとまず遅い朝食は済ませたものの、さてこれからどうするかと庭を眺める濡れ縁の端に腰掛けて考える。

 そこにトタトタと足音を立てて、望美がやってきた。

「あ、将臣くん起きたんだ。おはよう」
「おはよう――って時間でもねぇけどな」
「将臣くん、昨日の夜から『明日の朝は気が済むまで寝る』って宣言してたもんね。ゆっくり眠れた?」
「ああ、おかげさまで」

 話しながら、望美は将臣の右隣に座った。
 足を下ろす時に、邪魔だったのか髪を左側に寄せる。
 その拍子に、気になるものが目に飛び込んできた。

「ここ、虫にくわれてるぞ」
「え? どこ?」
「ここだよ、ここ」

 言いながら、右首筋にある虫刺されで膨らみ始めている箇所を指先でぐるりと囲む。
 すると望美はくすぐったそうに首を竦めてから、そこに指を滑らせた。

「あ、本当だ」
「確か、弁慶に虫刺されの薬貰ったって言ってたよな? うっかりかきむしって悪化する前に塗っとけよ」
「それが、薬は切らしちゃったんだよね。みんな出かけちゃったから借りられないし。将臣くんは……」

 眉尻を下げてじっと窺う視線を向けてくる望美に、将臣はきっぱりと首を振る。

「俺はあんま刺されないから持ってないぞ」
「やっぱり」

 あからさまに肩を落としてみせた望美はため息をついてから空を仰ぎ、どうしようかなと歌うように口にした。
 言葉に合わせて、靴下を履いた爪先がぶらぶらと揺れる。

「ま、さっきまで気づいてなかったんだろ。無視しとけばいいんじゃないか?
「それが、刺されてるってわかったらかゆくなってきちゃった」

 軽く唸りながら虫刺されを掻く真似をする望美の右手を捕らえる。

「我慢しろ、我慢」

 すると望美は、今度は繋がった手をぶんと揺らした。

「じゃあ、このまま手を繋いでいてもらおうかな」
「いいぜ。責任もって捕まえといてやる」

 笑みが潜んだ言葉に、将臣もにやりと笑って返す。
 答えが予想外だったのか驚きに緩んだ手先に、将臣は自分の指を滑り込ませた。
 そして、貝殻繋ぎになった手を望美の眼前に掲げる。

「こっちのほうが逃げられないだろ」
「逃げたりしないよ!」

 力強い返答と同じ勢いで下ろされた腕に、将臣は逆らわず従った。
 二人して両手を床につき空を見上げる。
 蒼に映える真っ白な入道雲を見るともなしに見ていると、望美がちらりと視線を送ってきた。

「どうした?」

 問うと、指先に力がこめられたのが分かった。

「将臣くんは、手を繋いでて暑くない?」
「別に。お前は?」

 望美は顔を横に振る。
 拍子に乱れた髪を左手で軽く整えながら、笑みを浮かべた。

「あついと言えばあついけど……。将臣くんだから気にならないよ」
「俺も気にならないさ」

 重なった手は熱いが、不快ではない。

「そっか」
「そうだよ」

 確認の言葉を投げ合って、また二人して空を見上げる。
 虫刺されのことなどすっかり忘れさせるほど、夏の熊野は輝いていた。










後書き

お久しぶりです。
9月に突入してしまいましたが、夏の将望です。

熊野のいちゃいちゃ将望、とリクエストをいただきましたが、時間がかかってしまいすみません。
お待たせしてしまいましたが、少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。
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