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冴雫
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銀が昼過ぎに帰宅してリビングの扉を開けると、テーブルの上に見覚えのない封筒が置いてあった。
 表には「銀へ」とだけ、裏には何も書いていないが、その筆跡で送り主がわかる。
 彼女とは会う約束をしたのは数時間後だし、玄関に靴もなかった。
 一度来てくれたが帰ってしまったのだろうか。

 それでも伝言を残してくれたのかもしれない。
 便箋には何と綴られているのか、楽しみにしながら封を切る。
 広げた便箋には中程より上に、数行を使って書かれた一文があった。

『短冊を探せ』

 望美らしくない口調だが、筆跡はやはり彼女のものだ。
 疑問は脇に置き、ひとまず指示に従うことにする。
 目的の物を探して部屋をぐるりと見回すと、途中でふと違和感を覚えた。
 そこに視線を戻すと、花瓶に挿した花が変わっているのに気づく。
 近寄ってみると、裏側に短冊が吊されているのを見つけた。
 そっと短冊を取り、書かれた文字を読む。

『上方を見ろ』

 上か、と天井を見上げる。
 すると、電灯の笠に紙が貼り付けられているのが見えた。
 椅子を電灯の下まで持っていき、座面に立って笠に手を伸ばす。
 椅子から降りてから、取ったメモ用紙に目を落とした。

『びんせんをあぶり出せ』

 びんせん、と平仮名で書かれている言葉を脳内で漢字に変換した瞬間、銀は思わずテーブルの上を見た。
 便箋は、最初に指示が書いてあったものだけだ。
 コンロの火をつけて、便箋をあぶる。
 すると、下部を大きく使って書かれた文字が浮かび上がる。

『おめでとう!』

 さらに右下端に、『(でんわして)』とも書いてあった。
 火を消し、三枚の紙をテーブルに並べてから携帯電話を取り出して、望美に電話をかける。
 すると何故か寝室のほうから着信音が聞こえて、勢いよく扉が開いた。

「『銀! 誕生日、おめでとう!」』

 肉声と電話越しの声、二つが重なって聞こえる。
 驚きに呑まれたままに望美と携帯電話を見比べていると、通話時間の加算が止まった。
 どうやら望美が携帯電話を閉じたことにより、通話が終了したらしい。
 気づくと望美は大分接近して、銀の顔を覗き込むように見上げていた。

「ふふ、びっくりした?」
「ええ、とても驚きました。靴がなかったので、いらっしゃるとは思わず……」
「靴箱に隠しておいたんだ。せっかくの誕生日だから、サプライズにしようかなって」

 嬉しそうに笑う望美は、とても愛らしい。

「それに、サプライズはこれだけじゃないよ!」

 ぐいぐいと銀を押すようにしてキッチンに移動させると、冷蔵庫の扉を開く。
 中には、小さなホールケーキが置かれていた。
 チョコレートのプレートには、「Happy Birthday to Shirogane」と書かれている。
 手作り感溢れるケーキに思わず隣を見ると、望美はこちらをきらきらとした瞳で見つめていた。

「これは……」
「私が作ったんだよ!」
「――ありがとうございます。とても美味しそうですね。早速いただいてもよろしいですか?」
「うん、もちろん! じゃあ、紅茶煎れるね」

 銀は誕生日なんだから座っててと促され、リビングの椅子に座って望美がくるくる動くのを眺める。

「恥ずかしいから、あんまりじっと見ないで!」

 注意されて、仕方なく視線を外した。
 ついキッチンに向かいそうになる視線を逸らす物を探していると、テーブルの上に置いた紙が目に入る。
 そういえば、望美は何故こんな真似をしたのだろうか。
 ケーキが隠してあったキッチンから、意識を逸らさせる為だけなのか。

 何となく見つけた順に上から並べて眺めていると、ふと何かで読んだ暗号のことを思い出した。
 あれは確か、文の一番最初か最後、もしくは見つけた順の番号の箇所を繋げて読むのだったか。
 一文字目だけだとた・じ・び・お、最後の文字だとて・ろ・せ・う、どちらも意味が通じない。
 漢字は一文字と考えるとしたらと思いつく。
 短・上・び、最後は一文字だけではなく全文だろうか。
 続けると、「たんじょうびおめでとう!」だ。
 ここにも、祝いの言葉を仕込んでくれたらしい。

 望美が運んでくるお盆の上に、ケーキと紅茶以外に綺麗に包装された箱も載っているのが見えた。
 彼女は一体、いくつサプライズを用意しているのだろう。
 こんなにも驚かされているのだから、一つくらいお返しをしたっていいのではないだろうか。
 銀はバッグの中で眠っている小箱を思い浮かべて、ひっそりと笑った。
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