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冴雫
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銀望のホワイトデーSSS。











 春なかば。
 部屋を訪れた望美に、銀は小箱を差し出した。

「こちらは、先月いただいたチョコレートへのお返しです」
「えっ!? ありがとう、銀。ホワイトデーのこと、覚えててくれたんだ」

 望美は、ぱあっと顔を輝かせて小箱を手元に引き寄せた。
 丸い小さな箱には菫と鈴蘭の絵が描かれている。
 蓋を開けると、中には紫が詰まっていた。

「これは、お菓子?」

 顔を近づけて箱の中を見る望美に、銀は微笑みかける。

「ええ。菫の花の砂糖漬けです。ホワイトデーのプレゼントは、マシュマロやクッキー、キャンディなどが一般的だとは聞きましたが、こちらを見たらあなたの顔が浮かんで……」

 マシュマロなどのほうがよかったかと少し不安そうに問う銀に、望美は勢いよく首を振った。

「ううん、銀が選んでくれたのが嬉しいよ!」
「ありがとうございます」

 安堵の笑みを見せた銀は、ふと言葉を切って瞼を伏せた。
 数瞬の沈黙の後、「以前」とぽろりと零す。

「以前――あなたを平泉に案内したばかりの頃、あなたは野の花のように清らかだと泰衡様に申し上げたことがあります」

 突如始まった銀の回想。
 望美は目を瞬かせながらも、話を聞く体勢に入った。
 その間も、銀の語りは続く。

「大社で、泰衡様はあなたが野の花だなどとあざむかれたとおっしゃっていましたが……」

 銀は手を伸ばし、望美の頬に添えた。

「あなたは野の花のように可憐で清らかな面も保ったまま。ただあなたの魅力はその一面のみではないという、そんな当然のことにまだ気づけていなかっただけ」

 褒め言葉に、望美は頬を紅潮させて俯いてしまう。
 銀は頬に当てていた手を下ろし、箱の側面に描かれている菫を指差した。

「菫の花には、『小さな愛』、『誠実』、『小さな幸せ』といった意味があるそうです」
「そうなんだ。素敵な意味だね」
「ええ。あなたのような花ですから」

 望美はますます顔を赤くし、それをごまかすように菫の花の砂糖漬けに指先を伸ばした。
 しかし、花弁を摘もうとした指は、銀の指に包まれ止められる。
「お待ちください」
「え? そのまま食べちゃ駄目だった?」

 こてんと首を傾げる望美の前で、銀が箱の中に指を入れる。

「いいえ。ですが……」

 花弁を摘んだ指先が、望美の唇の前まで持ち上げられた。

「『小さな愛』、『小さな幸せ』――。そのような意味を持つ花ならば、私があなたに直接差し上げたいのです」

 口を開けて欲しいと懇願する瞳に逆らえず、望美は唇を小さく動かした。
 できた隙間に、銀が紫の花弁を差し込んでくる。
 意外と固いそれに驚きながら銀を見ると、銀はとても幸せそうな顔をしていた。

「いかがですか」
「……甘いね」

 味覚はもちろん、視覚的にも。
 この花が「小さな愛」や「小さな幸せ」なんて、嘘じゃないだろうか。
 こんなに大きな愛と幸せを感じているのに。
 そんなことを考えながら、望美は紫の花弁を舌で押し潰した。





プレゼントのモデルはデメルのスミレの砂糖漬け。

ttp://www.demel.co.jp/shop/others_01.html
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