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冴雫
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ハッピーバレンタイン!
迷宮大団円ED後で将臣→望美←譲、視点将臣寄り。
ほぼ一気書きなので少しの粗はスルーしていただけると幸いです。誤字脱字誤用の指摘は大歓迎ですが!













 それは、八葉達が京へと帰った翌月の頭のことだった。
 有川邸のリビングで自宅にいるようなくつろぎ方をしている望美が、CMが流れ始めたテレビから視線を剥がして聞いてきた。

「ねぇ、バレンタインのチョコって、何がいい? ブランドもの? ネタ系? 手作り?」

 望美は、将臣と譲を交互に見ながら首を傾げる。
 そういえば先程のテレビ番組でバレンタイン特集をやっていたな、と将臣は質問の発端に思い至った。
 読んでいた雑誌を開いたままテーブルに置き、ソファーの背もたれに身を沈めながら答える。

「ネタ系って、あれか? 薬っぽいのとか、魚の開きのプリントされた袋とか、ああいうの」

 この時期に雑貨店に行くと、バレンタイン特設コーナーが目に入ってくる。
 遠目に見ても、変わり種が並んでいるのがわかるのだ。

「そうそう、それ。そういうのがいい? 将臣君になら、若返りの薬でも探そうかな」
「若返りよりは酒入りのほうがいいな。年戻ったから、酒が飲めなくなっちまったし」

 酒入りのものは、定番のウイスキーボンボンだけでなく、日本酒や焼酎のものもあるらしい。
 多少気になるが、女性客が占める一角に一人で買いに行くというほどではない。
 そんな思いが込められた将臣の言葉を聞き、望美はこくこくと頷いた。

「ふ~ん。譲君は? 希望ある?」
「俺は……先輩がくれるなら、どれでも嬉しいですよ」
「譲君……! じゃあ、手作りにしちゃおうかな」

 望美に甘い、というか弱い譲の返答に、望美がきらりと目を輝かせた。
 何故か腕まくりをして、力こぶを作る仕草をしている。

「やめとけ。お前こないだ、得意なのは包丁さばきって豪語してただろ。料理の出来上がりはいまいちだけど、って。肝心なのは出来上がりだ」
「大丈夫だよ。トリュフなら、切って、溶かして、冷やして、丸めるだけみたいだから!」
「先輩、『混ぜる』が抜けてます」

 早速不安になるやりとりが、目の前で交わされる。

「あっ、生クリーム混ぜるんだった! お酒混ぜてもいいんだっけ?」
「混ぜてもいいですが、最初に基本のものを作ってからのほうがいいと思いますよ」
「……やっぱり手作りは不安が残るな。どうしても作りたいなら、譲に教えてもらえ」

 恋敵とも言える弟と二人きりになるようにすすめるのは少し癪に障るが、どうせならうまいものが食べたい。
 譲とて望美の料理の腕前は知っているのだし、一緒にいられるのだからそうそう断らないだろう。

「え、でも、譲君は部活があるでしょう? 迷惑になっちゃうよ」
「俺なら大丈夫ですよ。せっかくだから、一緒に作りましょう。友達にも配るんじゃないですか? 多く作るなら、人手があったほうが楽ですよ」

 やわらかく微笑む譲に、望美はそれ以上否定の言葉を重ねられなかった。

「じゃあ、お願いしていい?」
「はい、もちろん。作るのは前日でいいですか?」
「うん。あ、せっかくだから将臣君も一緒に作る?」
「パス。バイトがある」

 将臣が誘いに軽く手を振って断ると、望美は僅かに頬を膨らませたが、すぐに笑顔になる。

「そっか。なら、完成品を楽しみにしててね!」
「うまいの作ってくれよ」
「頑張る!」
「それで、先輩。材料ですが……」

 チョコレート作りの話をし始めた望美と譲を横目に、将臣は再び雑誌に手を伸ばした。





 バレンタイン当日。
 将臣が昨夜バイトから帰ってきた時にキッチンから漂っていたチョコレートの香りは、完全に消え去っていた。
 今日は朝練が休みらしい譲と一緒に朝食をとる。
 空き時間をテレビを見て潰そうとした将臣の耳に、インターフォンな音が届いた。
 こんな朝に誰だと思っていると、応対に出た譲が望美を引き連れて戻ってきた。

「将臣君、おはよう!」
「はよ。どうしたんだ、朝から」
 問いかけながらも、将臣は答えがわかっていた。

「もちろん、チョコレートを渡しにきたんだよ。はい、チョコレート。将臣君、譲君、いつもありがとう」
「サンキュ」
「ありがとうございます」

 渡された箱を礼を言いながら受け取る。
 そうしてから将臣は、手元をまじまじと見た。
 手にした箱は二つ。
 将臣が譲のものまで奪ったわけではない。
 譲にも、二つの箱が渡されているのだ。
 一つは共通した、箱にリボンが巻かれた手作り感あふれるもの。
 もう一つは綺麗にラッピングされていることだけが共通点で、箱の形も包装紙も全く異なる。

「こっちが、昨日望美と譲が作ったのだろ? こっちは?」

 きちんとラッピングのほどこされたほうの箱を、軽く揺すって示す。

「そっちは……開けてからのお楽しみ! 手作りなのは知ってたでしょ? せっかくのプレゼントなんだから、少しは驚かせたくて」

 譲も驚いているようなので、望美のサプライズは成功だろう。

「開けていいか?」
「うん。譲君も開けてみて!」

 出来るだけ丁寧に包装を解いていく。
 箱の蓋を開けると、そこには日本酒を使用したチョコレートが並んでいた。
 譲は、と見てみると、和を感じさせる象りのチョコレートが納められた箱を手にしている。

「これは……」

 将臣と譲の声が重なり、思わず視線も合う。
 すぐに逸らして望美を見ると、望美は嬉しそうに笑っていた。

「将臣君、これ食べたいって言ってたでしょ? 譲君は特に言ってなかったから、勝手に選んじゃった」
「ああ。サンキュ、望美」
「これ、味も和風なんですか? おいしそうですね。ありがとうございます、先輩」
「どういたしまして。ホワイトデー、期待してるからね!」

 ちゃっかりしたような返答だが、頬を赤くして笑っていては照れているのがバレバレだ。
 ホワイトデーにはしっかりお返しをしてやろう、と思いながら、将臣はまず手作りのほうのチョコレートを口に放り込む。
 途端に口に広がる優しい甘みに、将臣は思わず笑みを浮かべた
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