前にツイッターで呟いたネタをふと思い出したので書いてみた。
>吉羅さんが一人で街中歩いてる時に、前に香穂子と出かけた時に可愛いって言ってたぬいぐるみを見つけて、思わず立ち止まってじっと見ちゃってたら可愛いと思う。腕組んで威圧感たっぷりでも、香穂子思い出して微笑んでても。そこを金やんに見つかってからかわれたりとかも。
「あっ、吉羅さん、ちょっとこのお店を覗いてもいいですか?」
そう香穗子が言ったのは、ショッピングモールに入っている雑貨店の前だった。
「ああ、構わないよ」
吉羅が頷くと、香穗子はいそいそと店の奥へと向かう。
その後を追って行くと、壁面に設置されている棚に辿りついた。
棚には数々のぬいぐるみが陳列されており、香穗子はそれを見て目を輝かせている。
いくつかのぬいぐるみの感触を確かめるように掌で軽く押し、そのうち灰色の猫のぬいぐるみを手に取った。
それを抱きしめて、幸せそうな顔をする。
「かわいい……」
「それが気に入ったのかね?」
はい、としっかり頷いた香穗子は、手にしたぬいぐるみと顔を合わせてから棚に目をやる。
「でも、ほかの色もかわいいですよね。黒とか……。あっ、黒猫は吉羅さんっぽいですね! こっちの灰色は金澤先生」
他愛ない言葉だが、吉羅は眉間に皺を寄せた。
「金澤さんはともかく、私自身はさほど猫に似ているとは思わない」
「う~ん。あ、吉羅さんは、猫っていうよりネコ科っぽいですね! ヒョウとか、ジャガーとか、チーターとか?」
香穗子は首を傾げて、吉羅をじっと見る。
吉羅は諦めたようにため息を一つつき、腕を組んだ。
「……それで、それは購入するのかね?」
すると香穗子は、灰色の猫とにらめっこを始めた。
黒猫には目もくれない。
「迷う~」
「色で迷っているようには見えないが?」
「買うとしたら灰色です」
吉羅が問うと、香穗子はやけにきっぱりと言い切った。
「おや、つい先程、黒と迷っていただろう?」
「……だって、吉羅さんに似てるって言っちゃったのに、買うのはなんか恥ずかしいっていうか……。見る度に吉羅さんのこと思い出しちゃいそうで」
香穗子は赤く染まった顔を、ぬいぐるみで隠す。
「――では、その灰色のものを買うのかね?」
自分に似ていると例えたものは駄目で、金澤に似ていると例えたものかいいのかと、吉羅は釈然としない気持ちになった。
「……今はいいです。荷物になっちゃいますし」
香穗子はまたしばらく迷い、名残惜しそうに灰色の猫を棚に戻す。
吉羅はその光景に、少しだけ溜飲を下げた。
そんなことがあったのが、先日の日曜日。
一週間程が経った土曜日の今日、吉羅と香穗子は午後から待ち合わせをしていた。
予定よりも早く横浜に着いてしまった吉羅は、時間潰しを兼ねて商店街に向かう。
少なくなってきていたコーヒー豆を買って歩いていたところで、雑貨店が目に入る。
ガラス越し、店の奥に、香穗子が 気にしていたぬいぐるみが飾られているのが見えたのだ。
吉羅は店内にすたすたと入り、ぬいぐるみの飾られた棚の前で立ち止まって腕を組む。
黒と灰色の猫をにらみつけんばかりの勢いで交互に見つめ、数巡りした後片方を手に取る。
すぐにそれをレジに持っていき、会計を済ませると袋を片手に下げて店を出た。
車に乗り込むと吉羅はぬいぐるみの入った袋を助手席に置き、携帯電話を取り出した。
香穗子に電話をかけ、待ち合わせの予定の変更を伝える。
場所と時間を少し変えるだけなので、香穗子もあっさり承諾した。
携帯電話を閉じ、車を発進させると、変更した待ち合わせ場所に向かう。
もともと約束した場所だった交差点を過ぎて、香穗子の自宅前へ。
既に門の中で待っていた香穗子の前で停車し、吉羅は助手席に置いてあった袋を持って車から降りた。
門から出てきた香穗子に、袋を渡す。
「プレゼントだ。この間気にしていただろう?」
「えっ? ……あっ、猫のぬいぐるみ! ありがとうございます!」
袋の中を覗き込んだ香穗子は、ぱっと顔を輝かせる。
しかし、その顔はじわじわと赤く染まっていった。
「でも、なんで黒なんですか? 思い出しちゃうから恥ずかしいって言ったのに……」
「私が贈ったんだ。黒だろうと灰色だろうと、私のことを思い出すのは同じだろう」
「――っ! こ、これ、部屋に置いてきます!」
耳まで真っ赤にして踵を返した香穗子が、玄関に消える。
それを見送った吉羅は、くいと唇の片端を上げた。
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