今回も、読みたいとコメントいただいたもの。
「Ragazzo!」の対のような感じで、香穂子が高校生吉羅のもとへ行く話。
コメディを目指しました。
高校生吉羅の話し方は私の想像なので、お持ちのイメージと違ったらすみません。
「ならば、見に行けばいいのだ!」
リリの声が響いたと同時、光が弾ける。
香穗子が眩しさに下ろしていた瞼をそろそろと上げると、目の前にはリリではなく音楽科の男子生徒の姿があった。
目をぱちくりとさせている様子を見るに、彼もリリが魔法を使用した時の光を目撃したのだろうか。
「――今のは、ファータの魔法の光?」
「え?」
男子生徒がぽつりと呟いた言葉に、香穗子は思わず聞き返す。
しかし、男子生徒は軽く頭を振った。
「いや、なんでもない。独り言だ、気にしないでくれ。それより、それはヴァイオリンケースだろう? 普通科の生徒が持っているとは珍しいな」
「えっ?」
再び同じ返答をしてしまった香穗子は、目の前の男子生徒をじっと見た。
彼もヴァイオリンケースらしきものを手にしているので、おそらくヴァイオリン専攻なのだろう。
タイの色は赤だから、同学年。
しかし、それにしてはおかしかった。
香穗子は、自分で言うのもなんだが、自分は学院内では有名だと認識している。
普通科の素人なのに学内コンクールに出て、その後も色々やっているのだ。
特にヴァイオリン専攻の生徒は同じ楽器ゆえ香穗子を意識する者が多かったし、そうでなくとも顔を合わせたことぐらいはある。
なのにこの男子生徒はその噂すらも知らないようだし、香穗子もこんな顔の生徒は知らない。
――そう、「生徒」は。
目の前の男子生徒に、香穗子の年齢分を足したくらいの人物ならすぐに思い浮かぶ。
「……まさか、吉羅さん?」
「なにがまさかなのか知らないが、僕は吉羅だ」
ああ、と香穗子は思わず天を仰いだ。
くらりと頑丈が取り柄の身体が傾いた気がするが、これまた取り柄の根性で踏み止まる。
「すみません、ちょっと変な質問していいですか?」
「いいけど、君の名前も教えてくれ。人の名前を聞いておいて、自分は名乗らないのは失礼じゃないか?」
「あっ、ごめんなさい。私は日野香穗子って言います。それで、質問なんですけど、今って西暦何年ですか?」
「はっ?」
「変な質問なのはわかってます。西暦何年ですか?」
「……1987年だ」
怪訝そうな表情ながら提供してくれた答えに、香穗子は自分の予想が当たっていることを核心した。
香穗子が記憶している「現在」は2004年。
男子生徒が示す年とは、17年も違う。
17年前の、「吉羅」という名字の、吉羅理事長に酷似した少年。
「リリ……!」
香穗子は確かに、高校生時代の吉羅がどんな様子だったのか聞いた。
質問相手のリリは何から話そうか迷ったあげく、「ならば、見に行けばいいのだ!」などと言って突然魔法を放ったのだ。
その光が収束した途端にこの現状に放り出されていたわけで、原因などもう疑う余地もない。
思わず呟いた音楽の妖精の名に、高校生の吉羅が反応する。
「リリ? 君は一体……」
戸惑いの色に染まった瞳を見ながら、香穗子はどうすべきか思案した。
この魔法が長時間続くとは思わないが、ただ時間が過ぎるのを待っていれば解けるという保証はない。
この時代のリリに尋ねれば、ぬ魔法がまだ存在していなかったとしても大体の目安くらいはわかるだろう。
しかしリリは神出鬼没で、この時代では香穗子と面識がない。
確実に捕まえたかったら、高校生の吉羅の助力を請うのが最善だと思われる。
「あの、また変なこと言いますけど、話聞いてもらえませんか? ファータに関わることなんですけど」
「……いいだろう。話してみてくれ。ああ、その前にベンチに座ろうか」
戸惑い、警戒しながらも頷いた吉羅に誘導され、香穗子はベンチに腰掛けた。
すぅと深呼吸して、何から話そうか考える。
「えっと、単刀直入に言いますね。私、未来からきたみたいなんです」
「……頭でも打ったのか?」
「違います! リリが魔法を使ったと思ったら、目の前にあなたがいたんです!」
「確かに、君は突然目の前に現れたけど……」
疑惑の目を向けられながらも、香穗子は必死に言い募る。
「私、あなたの名前を知っていたでしょう? 未来のあなたを知ってるので、過去に来たって予測がついたんです! だから、今が何年か聞いて……。ちなみに、私がいたのは2004年です」
「……まあ、つじつまは合うか。ファータのことも知っているようだし」
「信じてもらえました?」
「ある程度は」
一応は頷いてもらえたことに安堵し、香穗子は次の話題に移った。
「それで、この魔法の効果を知るためにリリを探したいんです。私はこの時代のリリと会ったことがないから、呼んでも出てきてくれるかわからないし……」
「いいだろう。君だけだと、リリが来たとしても話も聞けないだろうし」
「えっ?」
「今はコンクール期間中だが、現在の参加者と一部の人を除いてファータの姿が見える人はいない。声も聞こえないんだから、君だけでは会っても意味がないだろう」
吉羅の言葉に首を傾げていた香穗子は、ぽんと手を打った。
「あ、普通はそうでしたね。でも、私はちょっとした事情があって常にファータが見えるようになったので、リリに会えれば会話はできると思います」
「常に……? 君は、吉羅の血縁というわけではないだろう? もしかして、普通科なのにヴァイオリンを持っていることに関係があるのか?」
「まあ、あると言えばあるんでしょうか。――って、今はその話をするより、リリに会うことが先決です。吉羅さんはリリの居場所知ってますか?」
話が外れかけ、香穗子は慌てて軌道修正する。
勢い込んで顔をずいと吉羅に近づけると、吉羅は少し身を逸らしつつ答えを口にした。
「知らない。だけど、呼ぶことはできると思う」
「吉羅さんが名前を呼ぶと来るんですか?」
「違う。君は、ヴァイオリンを弾けるんだろう? 演奏すれば、真新しい音につられて現れるかもしれない」
「そんな、演奏をエサのように……」
「音楽の妖精だから、ファータの主食は音楽かもしれないだろ」
「えっ!? ……確かにファータの食事って謎だけど……」
香穗子は思わず、音符にかじりついているファータを想像してしまった。
ううんと首を捻っていると、吉羅がため息をつく。
「冗談だ。僕もファータが何を食べているのか知らない。食事うんぬんは抜きにしても、ファータが音楽が好きなのは事実だ。損になるわけじゃないし、演奏してみるのがいいだろう。僕も君の演奏を聴いてみたい」
「……私も吉羅さんの演奏が聴いてみたいな~、なんて……」
「まずは、君の演奏を聴いてからだ」
「わかりました」
香穗子は頷いて、ヴァイオリンを準備する。
どの曲を弾こうか迷って、一番最初のコンクールで演奏した曲にする。
難しい曲ではないが香穗子が初めて演奏した、思い出深い曲だ。
その最後の旋律が空に溶けると、二つの拍手が響いた。
「いい演奏だった」
「お前、初めて見るな? だが、今のはいい演奏だったのだ! 普通科の生徒か?」
拍手をしていたのは吉羅と、いつの間にか現れていた音楽の妖精。
香穗子と吉羅は思わず顔を見合わせ、同時に口を開いた。
「本当に釣れた!」
※ragazza……女の子、少女、娘、恋人、彼女
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