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冴雫
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ハッピーバレンタイン!

昨日まで書くつもりはなかったのに、当日になったらやっぱり書きたくなったので勢いで書いてみました。
間違いがあったらひっそり指摘かスルーしていただけるとありがたいです。

SSSは追記から。












 香穂子は髪を結び、新たな曲に挑戦する時のような心持ちで準備した道具の数々を見据えた。
 最重要であるレシピは印刷して何度も読み返し、下調べをした時の書き込みもして見やすい所に貼ってある。
 レシピと並んで大切なチョコレートはビターを購入し、卵は常温に戻してある。
 ほかに必要な食材や道具は家にあったものを用意済みだし、オーブンは予熱を設定して、お湯も沸いている。
 これで準備は万端。
 いざ、と香穂子は深呼吸をして道具に手を伸ばした。

 まずは下準備に取り掛かる。
 型にオーブンペーパーを敷き、 材料の計量をして薄力粉とベーキングパウダーをふるいにかける。
 前もってオーブンでローストしておいたナッツを砕き、インスタントコーヒーを湯で溶く。
 チョコレートとバターは湯煎で溶かし、下準備は完了。

 香穂子は次に、生地作りに手をつける。
 卵をほぐしたところに砂糖を投入し、泡立て機で混ぜる。
 さらに湯煎で溶かしたチョコレートとバター、そしてウイスキーを入れて混ぜたら、今度は薄力粉とベーキングパウダー。
 そこで泡立て機からゴムべらに持ち替えて、加えたナッツが全体的に行き渡ったら生地を型に流し込む。
 予熱で温めておいたオーブンにセットして、一息つく。

 香穂子は、焼き上がりをそわそわしながら待つ。
 なかなか動かない時計とにらめっこをし、ようやく焼き上がりを知らせる音が鳴った。
 竹串を刺してきちんと焼き上がっていることを確認し、冷やして荒熱をとっている間にアイシング作りに手をつける。
 粉砂糖にウイスキーを加え泡立て機で混ぜ、水を少しずつ入れていく。
 とろっとしてきたら、これを生地の表面に均等に塗る。
 さらに少し残したアイシングに、湯煎で溶かしたチョコレートを加えてよく混ぜ、コルネに入れて先程のアイシングの上に線を描く。
 これが固まってから切れば、ブラウニーは完成。
 雑貨店で購入したラッピングで丁寧に包めば、バレンタインのプレゼントの出来上がりだ。

 完璧とはいかないが、味もラッピングも香穂子にとって満足いくものができた。
 忘れないように、と紙袋を自室の机の中央に置く。
 明日の準備と確認をすませ、スケジュール帳の2月14日の予定を見ると、「吉羅さん」と弾んだ文字で書かれている。
 香穂子はその文字を指先でなぞり、緩む口元のままに布団に潜り込んだ。
 興奮と緊張で目が冴えてすんなり眠れる気はしないが、隈など作ったら吉羅に見咎められてしまう。
 目を閉じて明日のシミュレーションをしているうちに、香穂子の意識は闇に引き込まれていった。

 

 香穂子は、瞼を優しく刺激する明るさにぱちりと目を開いた。
 寒さに耐えて起き上がると、時計の針はアラームの鳴る5分前を指していた。
 これは幸先がいいと浮上した気分のまま支度を整える。
 家を出て学院へと向かう足取りもつい軽く、スキップのようになっていた。

 教室に着くと、香穂子はロッカーに紙袋を大切にしまった。
 休み時間や昼休みには、既製品の義理チョコを知り合いに配り歩く。
 昨日作ったものはお酒が入っているし、なにより一人だけを思い浮かべながら作ったからほかの人には渡せない。
 授業中はそわそわしてあまり身が入らなかったが、それは周囲も同じで、教師も呆れ気味だった。

 浮かれた空気の中、ようやく放課後になる。
 香穂子はロッカーから紙袋を取り出し、走り出しそうになる気持ちを抑えながら理事長室へと向かった。
 扉の前に立ち深呼吸をしてからノックをすれば、すぐに入室を許可する声が聞こえる。

「失礼します」

 香穂子が入室すると、吉羅は椅子から立ち上がった。

「ちょうど休憩しようと思っていたところだ。付き合ってくれ」

 この言葉は、コーヒーをいれて欲しいという意味だ。
 香穂子は頷いて、紙袋をローテーブルに、ほか荷物もソファー脇に置いて給湯スペースへと向かう。
 コーヒーをいれる間に、皿とフォークも用意して盆に載せる。
 いれたコーヒーも載せて盆をローテーブルへと運ぶと、空の皿に吉羅が香穂子に目をやった。
 視線を受けた香穂子はにっこりと微笑み、自分もソファーに腰を下ろしてから紙袋を差し出した。

「コーヒーのお供に、ブラウニーはどうですか?」
「……たまには茶菓子を食べるのもいいか。貰おう」

 吉羅は受け取った紙袋から箱を取り出し、ラッピングを丁寧に解いてゆく。
 蓋を開けて中を確認してもらったところで、ブラウニーを皿に移して改めて差し出す。
 フォークで切り取られた欠片が吉羅に咀嚼されるのを見届けて、香穂子は口を開いた。

「味、どうですか?」
「君は、味見もしていないものを人に食べさせるのかね?」
「味見はしました! でも、私にはちょっと苦くて。吉羅さんならこのくらいのほうがいいかと思ったんですけど……」

 不安そうに瞬きをする香穂子に、吉羅は唇の片端を上げた。

「たまには茶菓子を食べるのも悪くない。コーヒーに合っていた」
「よかった。……ところで吉羅さん、今日が何の日か知ってますか?」
「今日? 2月14日だったかな。何かあったかね」

 飄々と答える吉羅は、この一大イベントを覚えているのか、忘れているのかわからない。
 知っていたとて、香穂子は今はまだ、親愛や感謝といった一生徒が理事長に対する通常の範囲内のこと以外を伝えられないのだけれど。
 それでも、あれだけ想いを込めて作ったチョコレート味のブラウニーをただのコーヒーの供で終わらせるのは癪だ。

「バレンタインですよ! このブラウニー、特別に作ったのでまだ家に余ってるんです。明日も持ってきていいですか?」
「……君がコーヒーをいれてくれるならばいいだろう」
「任せてください」

 明日持ってくるのだからいいだろうと、香穂子は行儀が悪いのを承知で皿からブラウニーを摘み取る。
 口にすれば感じる味は、やはり香穂子にとっては少し苦いけれど。
 吉羅がこれを美味しいと言ってくれたのだと思うと、口の中がほんのり甘くなったような気がした。

 

 

アイリッシュコーヒーブラウニーのつくり方
ttp://www.lotte.co.jp/products/brand/ghana/recipe/96.html





 

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