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冴雫
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7月あたりに放置してた診断メーカー3つめ!ラスト!

>20分以内に3RTされたら、黒板の前で、大泣きしながら髪に触れる衛日をかきましょう。 #odainano http://shindanmaker.com/68894






 窓から差し込む夕陽が、机や椅子の影を床に映し出している。
 暗くなり始めている教室で、香穂子はまだ明るさの残る窓際にある自分の席に歩み寄った。
 忘れてしまったプリントを取り出すくらいならば、わざわざ電灯をつけるほどもない。
 なにせ、ここにいるのは香穂子一人。
 ほかの生徒も教師も事務員も、ファータすらもいないのだ。
 机の中を探れば、静寂が満ちた空間に音が響く。

「……あった!」

 忘れ物はすぐに見つかった。
 ぱっと顔を上げると、まだ3分の1程光の当たっている黒板が目に入った。
 綺麗に整えられたそこに、ふと落書きをしたい衝動が湧き上がる。
 この、どこかノスタルジーを感じさせる空気に酔ったのだろうか。
 香穂子はそこまで絵が上手ではないが、どうせ見るのは自分だけだ。
 後片付けも自分できちんとやれば、誰に迷惑をかけるわけでもない。

 そう言い訳しながら、チョークを持って緑の板に先端をつける。
 カカカカッ、と擦れる音を立てて、白い線が伸びてゆく。
 曲線が膨らんだりへこんだり。
 瓢箪のようなかたちに直線も、そして再び曲線が加わる。
 それが何のかたちを成しているかが分かる程度にまで描き込んで、香穂子はチョークを置いた。
 指先についた粉を払うこともせず、自分の描いたものを見つめる。
 もしここに他人がいたところで、この絵を正しく判別できる人なんていないだろう。

 これは、香穂子が最初に手にしたヴァイオリンだ。
 リリから貰った、魔法のヴァイオリン。
 線から少しだけ指を浮かし、辿るように撫ぜる。
 そうするうちに、耳に掛けていた横髪がぱさりと落ちた。

「――……っ」

 狭まった視界に、小さな音が響く。
 一度出てしまえば、もう歯止めは効かなかった。
 ぽろぽろと、涙が落ちる。
 声を抑えようとすると、喉が痛んだ。
 誰もいないのはわかっている。
 けれど大声を上げて泣く程に香穂子は子供ではなかったし、耐え切れないほどの悔恨や喜びを湛えているわけでもない。
 香穂子の胸裡には、ただ感謝と哀しみが渦巻いていた。
 謝罪はしないと、別れを知った時に決めた。
 だが、別離の寂しさはいつまで経っても拭いきることはできない。
 あのヴァイオリンは、かつての師匠で相棒で、今の香穂子の原点なのだから。

 それでも、いつもはこんなにも感傷的になりはしない。
 今日はやけに涙もろいのは、きっとこのノスタルジーな空気に呑まれてしまったからだ。
 けれど、いつまでもこうしているわけにはいかない。
 いい加減泣き止まなければと深呼吸する為に息を吸うが、それは逆に喉をひくつかせた。

 しゃくりあげる声に、ふと足音が混じったのに気づく。
 カツカツと軽快に床を蹴る音は、こちらに接近してきていた。
 この教室に用がある可能性は低いが、通り掛かりにちらりと見て、泣いている女生徒がいたら驚くだろう。
 見ないまでも、音で気づかれてしまうかもしれない。
 せめて普通を装おうと、香穂子は目元を袖口でごしごしと拭い、息を詰めた。
 足音が、教室の横に差し掛かる。

「――香穂子?」

 足音が止まり、開いたままだった扉から香穂子の名を呼ぶ声が入り込んできた。
 声を追うように、足音も続く。
 香穂子は俯いたまま、身動きもできなかった。
 コツ、コツ。
 衛藤がゆっくりと近づいてくる。
 歩みは、香穂子の少し後ろで止まった。

「……なんで」

 疑問に、言葉は続かなかった。
 普段ならばすぐに振り返って笑うのに、今はそれができない。
 衣擦れの音が、衛藤が動いたことを知らせた。
 正面に回り、覗き込まれたらどうしたからいいのかと香穂子は身を固くする。
 しかし衛藤はその予想を裏切り、香穂子の頭に手を伸ばした。
 幾度か撫でるうちに側頭部に手が回り、振り向かされるのかという予想も外れる。
 一瞬だけ力が篭り、また抜ける。
 するりと滑った手は、香穂子の髪を一筋絡め取り、くんと引っ張った。

「なんで泣いてるのかは、言いたくないなら無理に言わなくてもいいけどさ。――ひとりで泣くなよ」

 香穂子の弱さを受け止めるような、けれど寂しそうな声が香穂子の鼓膜を震わせた。
 思わず振り返ったが、視線は上げられない。

「……っ、きりや…くん……」
「何?」

 簡素な返答。
 だが、頭を撫でる手つきは優しい。
 押し止めていた嗚咽が、ぼろぼろと零れる。
 涙で歪んだ視界の中、香穂子はまるで縋るように衛藤に手を伸ばした。
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