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冴雫
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ハッピーハロウィン!

ハロウィンものを見ていたら書きたくなったので勢いで書いてみました。
勢いなので書きつつ内容変更しちゃってますが、イベントは当日に楽しむのと勢いが大切だと思うので載せちゃいます。

SSSは追記に収納。






「吉羅さん、トリックオアトリート! 」

 人の少なくなった放課後。
 廊下でばったり顔を合わせた香穂子は、吉羅を見るなりそう言って両手を突き出した。
 吉羅は小さく息をつき、スーツのポケットを探る。
 出てきたのは、小さなキャンディ。

 ハロウィンだからと言って、理事長に菓子をたかるような生徒はそうそういないだろう。
 しかし、吉羅は今日がハロウィンなのだと気づいた時に、目の前の少女の顔が浮かんでしまった。
 こういった行事が好きな彼女のことだ、と万が一遭遇した場合を考えて、一応用意しておいてよかった。
 掌にキャンディを落とすと、 香穂子はまさか吉羅がキャンディを所持しているとは思わなかったらしく、目を丸くしていた。

「ありがとうございます。……でも、まさか吉羅さんがお菓子持ってるとは思いませんでした」
「では、君は最初から、私に悪戯を仕掛けるつもりで声をかけてきたのかね?」
「えっと、そういうわけではなくて、駄目元で……」

 香穂子はキャンディをしっかり握り、視線をうろつかせた。

「それで、もし私が持っていなかったら、何をするつもりだったんだね」

 問うと、香穂子は本当に何も考えていなかったらしく、うんうんと唸り始めた。

「……あ! リリに協力してもらって……」
「続きは結構」

 自分で問うたことだが、アルジェントと仕掛ける悪戯など聞きたくもない。
 吉羅はキャンディを準備しておいてよかったと、改めて安堵した。
 香穂子は少しつまらなそうに唇を尖らせたものの、すぐに何かを思い出したように声を上げた。

「あ、そういえば、衛藤くんがファータに囲まれてましたよ」
「桐也が?」

 いくら演奏をしていたとしても、囲まれるほど多くのファータが一カ所に集まることはそうない。
 何故、と訝しげな顔をした吉羅に、香穂子が説明すべく口を開いた。

「どうも、今日は悪戯が大目に見られる日だって思ってるファータがいるらしくて。衛藤くんなら、最悪吉羅さんがフォローしてくれるとも思ってるみたいです」

 吉羅は思わず、香穂子が歩いてきた方向に足を踏み出しかけた。
 しかし、続いた言葉に動きを止めた。

「だから衛藤くんに、ハロウィンの日は演奏してないと七不思議がおきやすいらしいって言っておきました。七不思議が妖精の仕業、って噂は前からありますし」

 衛藤はあまり七不思議といったものを信じる性格ではないが、事前に噂話を耳にしていれば、信じるにしろ気のせいだと流すにしろ、やりやすいだろう。
 それに、香穂子の言葉を信じて演奏していれば、ファータはそちらに夢中になる。
 ファータは、何よりも音楽が好きなのだから。

「私も、桐也も、ファータの悪戯に巻き込まれずに済みそうでなによりだ。――ああ、日野君。時間はあるかね?」
「ありますけど……」
「では、もっと菓子をあげよう。理事長室まで来たまえ」

 キャンディは、たった一人にせがまれるのを想定して購入したものだ。
 理事長に置いてある残りは、禁煙に励む金澤が今でも時折口寂しそうにしているから、押し付け――もとい差し入れてもいいかもしれないと思っていたが、香穂子にすべてあげたほうがよほど喜ぶだろう。
 いいんですか、と嬉しそうに後をついてくる香穂子を理事長室に招き入れ、扉を閉める。
 菓子を貰えるのを心待ちにしている様子を見て、吉羅にある欲が湧いた。

「――Trick or Treat」
「えっ?」
「Trick or Treat、だよ日野君。一方的なのは不公平だろう?」

 吉羅がハロウィン定番の台詞を言うのは、菓子を持っていたことより予想外だったらしい。
 香穂子は口をぽかんと開けた後、慌てて制服のポケットや持ち物を探り始めた。
 キャンディ、チョコレート、クッキーといくつか菓子が出てくるが、それは丁寧に脇に置いてさらに探索を続ける。

「……友達に貰ったのしか持ってません」

 肩を落とした香穂子は、ヴァイオリンケースを目に留めてぱんと手を合わせた。

「代わりに、演奏しましょうか?」
「君の演奏を聴くのは悪くないが、ファータでもあるまいし、それではTreatとは言えないな」
「わかりました。悪戯を受けます! さあ、どうぞ!」

 香穂子は開き直ったのか、胸を張ってどんと構えるように立った。
 ならば、期待に応えねばならない。

「では、ほかのものを貰おうかな」
「ほかのもの?」

 吉羅は香穂子の疑問には答えず、自らの口元を左手で覆った。

「君は、創立者の一族の秘密を知っているかね?」
「ファータが見えるんですよね」
 香穂子は首を傾げながら、それがどうかしたのかという顔をした。

「――秘密は、一つだけとは限らないよ」

 手を少しだけずらし、隙間から僅かに歯が除く程度に口を開く。
 犬歯を見せながらも、その形をはっきりとは捉えづらい位置に指を置いた。

「ファータが一族に見えるのは、特別な――異質な血が流れているからだと考えたことはないかね?」
「異質……ですか? そんなこと、考えるわけないじゃないですか」

 雰囲気に呑まれたのか、香穂子は身を固くしている。
 近づき、肩にかかる髪を掬い払ってあらわになった首筋を指でなぞる。

「音楽の妖精が存在するのなら、ほかの伝説に登場するようなものも存在するのではないか、と考えたことは? ……吸血鬼にとって、少女の血は甘いものだと言うね」
「きら、さん……?」

 ぴくりと震えた首筋に、少し強めに爪を立てた。
 ひゃっと声を上げた香穂子から身を離し、堪えていた笑みを零す。

「冗談だ」

 唖然としていた香穂子は、一度大きく瞬きをすると、スイッチを入れたように騒ぎ出した。

「もう、驚きましたよ! 吉羅さんがあんな冗談言うなんて思いませんでした!」
「まさか、あんなに反応すると思わなかったからね。ああ、これが菓子だ。すべて持って行っていい」
「お菓子でごまかされませんからね! 悪戯が過ぎます!」

 ぷくりと頬を膨らませた香穂子は、しかしお菓子はしっかりと手にしていた。
 キャンディの包装を些か乱暴に外し、口に放り込む。
 苛立ちのままにキャンディに歯を立てたらしく、今は頬が伸びている。
 その頬も、そして髪の合間から覗く耳朶や首筋が赤く染まっているのは、憤りなのか照れなのか。
 どちらにせよ吉羅の仕掛けた悪戯は成功した。
 予想していた以上の効果を発揮してしまったようだが。
 キャンディだけでは機嫌は取れないらしいので、ほかにも何か用意しなければならないらしい。
 さて、何を口実として彼女を誘おうか。
 次の休日の予定を組み立てながら、吉羅はポケットにまだ残っていたキャンディを指先で転がした。
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