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冴雫
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ホワイトデーなのでSSS。
一応バレンタインの続き。






 3月半ばの夕刻。
 理事長室で仕事をしていた吉羅の元へ、香穂子が訪ねてきた。
 吉羅が呼び出した彼女はすすめられるままにソファーに座り、譜読みをしているものの、どこか落ち着かなげな様子が窺える。
 3月14日、と本日の日付が記された書類を片付けると、吉羅はすっと立ち上がった。
 部屋の片隅にある給湯スペースへと向かうと、コーヒーとココアをいれる。
 さらに小皿を三枚取り出すと、用意されていた紙袋の中から個包装を三つ取り出した。
 それぞれから少しずつ中身を出すと皿に飾り、飲み物、そして紙袋からさらに取り出した小箱と一緒に盆に並べてソファー前のローテーブルに置いた。

「ココアでいいだろう?」
「え? あ、はい、いいですけど……」

 ココアを香穂子に差し出すと、いつもならば希望を尋ねるのにそれがなかったからか、驚いたようにぱちぱちと瞬きをする。
 それに構わず、三つの小皿を香穂子から見て、左からマシュマロ、クッキー、キャンディの順に等間隔に並べた。
 顔に大きく疑問符が描いてある香穂子の正面に腰掛け、ゆったりと足を組む。膝に肘を置くようにして、指先も組んだ。

「――さて。君は、ホワイトデーのお返しの意味を知っているかね?」
「意味なんてあったんですか?」

 驚きに感嘆を載せ、香穂子が息を吐く。
 吉羅はそれに軽く頷いた。

「ああ。一つは断り。もう一つは、友達のままでいようと伝えるもの。残りは――言わずともわかるだろう?」

 ふ、と唇を綻ばせて、目線を送る。
 そして手元に置いていた、長方形の小箱を撫ぜた。

「正解したら、本当のお返しをあげよう。さて、どれを選ぶ?」

 三つの皿を指し示して、回答を求める。
 吉羅としては単なる余興のつもりだったが、回答者たる香穂子は頬を膨らませていた。

「暁彦さん、意地悪です! そんなの知ったら選べるわけないじゃないですか!」
「そんな意味を託すこともある、という程度だよ。実際、どれもホワイトデーの時期には意味など書かれずに販売されているだろう」

 マシュマロも、クッキーも、キャンディも、ホワイトデーが近づくと店頭に並べられている。
 意味など気にせず、ただ「ホワイトデーの定番だから」と刷り込まれた意識によって。

「それでも、意味があると知ったら気になります! もしも『断り』とか『友達で』とか選んじゃったらショックです……」

 なのに、香穂子は随分と可愛らしいことを言ってくれた。
 嘘でもそんなことを吉羅に伝えられたくないと。
 少し反省をした吉羅は、計画を繰り上げて正解をわかりやすく示すことにした。

「では、ヒントをあげよう」

 吉羅から見た右端の皿、そこに鎮座していたマシュマロをそっとつまみ上げる。そして香穂子のマグカップへと落とした。白い固まりは、あっという間に茶色と熱に侵食されてしまう。
 次に、中央の皿にあったクッキーをつまむ。それを自らの口元へと運び、さく、と心地好い音を耳にしながらかみ砕く。吉羅には少し甘みが過ぎる後味を、コーヒーを流し込むことで消した。
 そうして残ったのは、ミルクキャンディが置かれた皿。
 さあ、と促すように香穂子を見れば、彼女は小首を傾げながら口を開いた。

「……正解はキャンディ、ですか?」

 もう選択肢などないに等しいのに、疑問を纏ったままの声。
 不安げな瞳を安心させるように、吉羅はゆったりと頷いた。
 ついと人差し指を立てて、マグカップを指す。

「マシュマロの意味は、断り。もうココアに溶けてしまったがね」「その為にココアだったんですか!?」

 「ごめんなさい」、そして「嫌い」という意味すら込められることがあるというマシュマロ。
 香穂子が気づいたように、もしも香穂子がマシュマロを選んでいたら渡すふりをしてココアに落とすつもりだった。
 結局香穂子の口には入ってしまうが、ココアに溶けてしまえば単なるクリームのようなものだ。

「クッキーは、『友達のままでいよう』」

 空になった中央の皿に向けて指先を移動させる。
 恋人の二人にとって、もっとも必要ない意味。
 相手の申し出を断ったり、喧嘩をしたりして相手を嫌いだと思ってしまうことはあるかもしれない。相手のここは嫌い、というのも存在するだろう。それらは愛と両立する感情だ。
 けれど『友達でいよう』というのは恋人関係の否定。
 だから、吉羅はそんな言葉はかみ砕いて飲み込んで、後味すら消し去ってしまった。

「そして、キャンディ」

 指先を唯一菓子が残った皿に移動させる。
 透き通った白さのまるいキャンディをつまんで、香穂子の唇に触れさせる。

「意味は――『あなたを愛しています』」

 あえて声を低くして、意味を強調するように囁く。
 途端に赤く染まり上がり、何かを言おうと開いた香穂子の唇の隙間にキャンディを投げ込んだ。
 羞恥が多分に含まれた瞳で睨まれるが、吉羅はそれを受け流して手元の箱を香穂子へと差し出した。

「正解を選んだから、ご褒美だ。キャンディを食べ終わったら開けるといい」

 こくり、と頷いた香穂子は赤くなった頬を隠すようにそのまま俯いた。
 けれど髪の間から、同じく赤く染まった耳朶が覗いている。
 それを眺めながら、吉羅は少しぬるくなったコーヒーカップを傾ける。
 しばらくすると、キャンディを一度も噛むことなく舐めきったらしい香穂子が顔を上げた。
 そして、目の前に置かれた箱へと手を伸ばす。
 慎重に包装を解き、蓋を開けた香穂子は、感嘆の息を漏らした。

「うわぁ……!」

 そこにおさまっていたのは、光沢を放つ薔薇の花。
 輝く花弁は、植物ではなく飴で構成されている。

「これって、もしかして飴細工ですか?」

 その光沢と、今日がホワイトデーだということを結びつけて予想したのか、香穂子が声を弾ませて尋ねてくる。

「ああ。食べることもできるし、鑑賞用として保管する場合は半永久的に楽しめるらしい」

 吉羅が肯定すると、香穂子は瞳だけでなく、顔までも輝かせた。

「すごいですね! 食べてみたいけど、食べちゃうのはもったいないくらい綺麗です!」

 香穂子は箱を手に、飴細工の薔薇を矯めつ眇めつ見る。
 それを見守りながらコーヒーカップを持ち上げた吉羅は、カップの影でひっそりと笑みを浮かべた。










後書

ホワイトデー書きたいな

ホワイトデーのお返しって何か意味があったような…

キャンディ:あなたを愛しています
クッキー:友達のままで
マシュマロ:ごめんなさい

キャンディ…。薔薇のチョコがあるんだし、薔薇のキャンディとかないかな

検索して発見!



というわけで、またもや薔薇。

今回は
BEEREN(ベーレン)というお店のキャンディ・ローズという商品を参考にさせていただきました。
タイトルもそちらから拝借。
ちなみにトリプル想定。
画像見るだけで可愛いんですよ…!

beeren-hana.com/item/special/candy_rose.html

beeren.boo-log.com/e146952.html
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