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冴雫
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いただけると、やっぱり嬉しいですね。



SSSはバレンタインに書いた「La Vie en rose」の続きです。






 赤やピンクで飾り立てられ、ハートが飛び交う街中。
 吉羅は隣を歩く恋人の背景にあるそれを見るともなしに見ながら、この装飾も今日で終わりか、とさしたる感慨もなく心中でひとりごちた。

 今日は、香穂子と学院近くの駅前で待ち合わせをした。
 その時に贈った薔薇を生けたいから、ということでまずは香穂子の自宅に立ち寄った。 
 それからドライブを楽しみながら吉羅の自宅へと向かい、到着したのが先程。
 吉羅は最初、どこか適当なレストランに入り、食事を済ませてから自宅に戻ろうと考えていた。
 だが、吉羅が贈った小箱に目を遣っては頬を染める香穂子を見ては、ゆっくりと食事をする時間すらもったいない気がしてくる。
 ゆえに、珍しくもデリで何か買って自宅で食べようという提案をしたところ、香穂子は躊躇いを含みながらもこくりと頷いたのだ。


 二人で選んだ夕食を手にした吉羅が扉を開け、香穂子を自宅へと招き入れた。
 逸る気持ちを抑えて、買ってきた惣菜を器にあけてテーブルに配置してゆく。
 出来合いのものではあるが、栄養バランスを考えながら購入したので、彩りは豊かだ。
 酒も用意し、たわいのない会話を挟みながら食べ進めれば、空になった皿が並ぶ。

 食器を片付けると、グラスを片手にソファーに腰掛けた。
 右隣に座った香穂子は、身を縮こまらせている。
 ありありと見えるのは緊張。――そして、僅かな期待。
 ローテーブルには、グラスが二つと小箱が一つ置かれている。
 小箱の蓋を開けると、中には薔薇を象ったチョコレートが二輪。
 吉羅が贈ったそのチョコレートを、香穂子は頬を染めながらちらりちらりと窺っている。

「――さて。どちらから食べたいかね?」

 小箱をローテーブルの端、二人の中央へと引き寄せた。
 茶と白の薔薇を行き来する眼差しを見守っていれば、しばらくの逡巡の後におずおずと左側に飾られた花を指し示した。

「……こっち、で……」

 恥ずかしそうに伏せてしまった横顔に左手を伸ばす。

「香穂子」

 頬に手を添えて吉羅のほうを向かせた。
 視線が合ったのを確認すると、同じ手で茶色の薔薇をつまんだ。
 それを、柔らかな唇へとそっと運ぶ。

「――召し上がれ」

 吉羅は柄にもないと自覚しながら言葉を紡ぎ、唇の端を上げてみせた。
 それを見て顔を更に赤くした香穂子は、息を呑んだのをごまかすようにチョコレートにかじりついた。
 だが一口で食べ切れる大きさではないので、残った部分を落とさないように慎重に支える。
 一部が欠けた薔薇はどことなく煽情的で、吉羅は思わず跡を重ねるように歯を立てていた。

「あっ!」

 途端、香穂子から動揺の声があがる。

「なんで暁彦さんが食べるんですか!? 食べたかったなら言ってください。こっちなら手付かずなのに……」

 言いながら、香穂子は白い薔薇を掴んで吉羅に渡そうとした。
 それを掌で受け取らずに、細い手首を右手で掴んで口元へと引き寄せる。
 反対の手では、いびつに欠けた茶色の薔薇を香穂子の唇に再び触れさせた。
 困ったように眉根を寄せ、それでもうながされるままに口を開けた香穂子を見つめながら、白薔薇の花弁をかじり取る。

「――甘い、な」

 予想以上の甘さに目を細めた吉羅は、つまんでいたチョコレートを箱に戻した。
 香穂子が持っていたものも同様にすると、グラスを手にして傾ける。
 そして、苦味と酒精をうつすように、紅色の花弁へと口づけを落とした。
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