香穂子が吉羅さんにガリガリ君を勧めて、一緒に食べる図が見たかった。
海に面した広大な公園の中の、強烈な日差しを遮る木陰。
そこにあるベンチで楽譜に目を通していた香穂子は、紙に落ちた一層濃い影に顔を上げた。
「――吉羅さん。こんにちは」
「ああ。今日も練習かね?」
尋ねる吉羅の視線は、香穂子の脇に置かれたヴァイオリンケースへと向かっていた。
「はい。さすがにこの暑さで屋外で練習するのはきついので、学院に行った帰りですけど」
香穂子はぱたぱたと手で顔を仰ぐ。
対する吉羅は、夏用のスーツに身を包み、涼しい顔で腕組みをしている。
「……暑くないですか?」
「君は、私が暑さを感じないとでも?」
表情を変えずに言われ、香穂子はゆるく首を振った。
「でも、全然暑そうに見えなくて。吉羅さんはこれから学院ですか?」
「いや、用はもう終わったので、後は帰るだけだよ」
「お疲れ様です」
頭を下げた香穂子は、何かを思いついたように両手を合わせた。
「あ、じゃあ、コンビニに付き合ってくれませんか?」
「コンビニ?」
吉羅は、眉間に僅かに皺を寄せた。
しかし、香穂子は大きく頷く。
「はい。ちょうどコンビニに行こうと思ってたんです。アイスが食べたくって」
「――まあ、いいだろう」
小さく嘆息しながらも、吉羅は腕を解く。
楽譜を鞄に入れ、ヴァイオリンケースを手にした香穂子が立ち上がると、二人は並んで歩き始めた。
数分歩いて、公園近くのコンビニへ入ると、香穂子は宣言通りアイスのコーナーへと真っ直ぐに向かった。
特に用のない吉羅もそれにならい、二人で種々あるアイスの前で立ち尽くす。
「暑いから、ここはやっぱり氷系……。でも、バニラも捨て難いよね」
うんうんと悩む香穂子を眺め、吉羅は香穂子の視線を辿る。
普段、コンビニでアイスを買ったりしない吉羅には、どれも区別がつかない。
そうするうちに香穂子は何を食べるか決めたのか、一つの商品を手に取っていた。
「よし、これで! ……吉羅さんも食べます?」
何故か、香穂子はキラキラとした目で吉羅を見つめた。
「いや、いい」
「せっかくだから食べましょうよ! 私一人だけ食べるのも寂しいし……。すごくささやかですけど、たまには私に奢らせてくれませんか?」
香穂子の勢いと上目遣いに押され、吉羅は息をついた。
「……では、君と同じもので」
「はい!」
吉羅の言葉を聞いた香穂子は、顔をぱっと明るくした。
手持ちのアイスと同じものを取り出すと、足取りも軽くレジへと向かう。
すぐに会計を済ました香穂子と店を出て、先ほどいた公園に戻ってきた二人は、先ほどとは違うベンチに腰を下ろした。
香穂子が早速アイスの袋を開けると、既に溶けかけていた。
慌ててアイスにかじりついた香穂子は、吉羅も早く、と目線で急かす。
それに応え、吉羅が袋を開けると、既に溶けた滴が底に溜まり、袋が少し重くなっていた。
滴が零れないように気をつけながらアイスを口に運ぶと、冷たさと甘さが口内を満たす。
横を見ると、香穂子が目を細めながらアイスを食べていた。
昔、金澤に連れられて食べたのと同じ、大衆――特に児童を対象としたアイス。
それも、香穂子の表情を見ながらならば悪くないかと、吉羅は唇の片端を僅かに上げ、残りのアイスを口にした。
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更新履歴ブログ「冴雫」。たまに小話か萌え語りカテゴリでSSS投下。
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