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冴雫
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知望のエイプリルフール小話。
ふと浮かんだので書いてみたんですが、考えてみたら当サイト初の知望でした。







「知盛の馬鹿! 大っ嫌い!」

 それは、いつもの口喧嘩だった。
 何が発端だったかなど、もう覚えていない。
 知盛が起きてくるのが少し遅かっただとか、望美が質問をしているのにぼうっとしていて答えなかっただとか、そんな些細なことだったはずだ。
 しかし、何とは無しに虫の居所が悪かった望美の口からは、いつもよりも過激な言葉が飛び出した。

 自分が何を言ったのか気づいた望美は、思わず口元を押さえた。
 知盛は無駄にゆったりとした言動で(そのくせ、それがいとも優雅に見えたりすることもあるから性質が悪い)、人の神経を逆なでするような湾曲な物言いが多く(かと思えばものすごく直球で露骨なことを恥ずかしいことに限ってのたまう)、外面はいい(望美に対して外面が発揮されたことはない――からかう時以外は)厄介な男なので、いらつくことも喧嘩することもしょっちゅうだ。
 喧嘩は、二人にとって一種のコミュニケーションですらある。
 しかし、それは本音をぶつけ合う為のもので、互いを傷つけ合う為のものではない。

 すぐさま後悔をした望美は、謝ろうと俯いていた顔を上げる。
 眉間に微かに皺を寄せるか、無表情かと思っていた知盛は、何故か笑っていた。
 笑うと言っても、穏やかなものではない。
 獲物を前にした獣のような雰囲気を漂わせる、獰猛さと愉悦が滲んだ笑みだ。

 知盛の笑みの理由がわからず、望美は押し黙った。
 無意識で一歩下がりそうになるが、矜持でそれを止める。
 望美の葛藤を察しているだろうに、知盛の表情は微塵も変わらない。
 その笑みのまま片腕を伸ばし、望美の髪を一筋掬い取る。

「――『大嫌い』、ね」

 くっ、と喉を鳴らした知盛を、望美は強い視線で貫いた。

「……何がおかしいの」

 望美の問いに、知盛は直球では答えなかった。

「今日の暦を、知っているか……」

 質問に質問で返されたことに望美の機嫌は下降するが、望美は負い目を抱えている。
 それに、知盛に答えるつもりは一応あるようなので、これは湾曲な答えの手がかりなのだろう。
 そう考えた望美は、頭の中から記憶を引っ張り出す。

「今日、は……卯月の一日だよね?」
「さて、この日付に覚えは?」
「ええ~? あ、ヒノエ君の誕生日! 忘れてた!」

 導き出した答えは、当然と言うべきか知盛のお気に召さなかった。

「違う……。熊野別当などどうでもいい……。お前の世界での行事だ」

 さらなるヒントを与えられ、望美は頭を捻った。
 自分の世界でのイベント。
 卯月は四月、つまり今日は四月一日。

「……あっ! エイプリルフール!?」

 午前中ならば嘘をついてもいい日だ。
 望美も、自分の世界にいた頃は天気がいいのに雨が降っているだの、譲に対してお兄ちゃんと呼んでみたりだの、友達からかかってきた電話にばればれの留守番電話風アナウンスをしてみたりだの、たわいない嘘をついていた。
 この世界にエイプリルフールなどあるはずもないが、将臣が説明でもしていたのだろう。

「わかっているじゃないか……」

 満足げな笑みを見せた知盛につられて笑顔になりかけた望美は、いまさらながらにしかめっつらを作った。

「それがどうかした?」
「今日は嘘をつく日。言葉は反対の意味になるのだろう……?」

 「つく」ではなく「ついてもいい」なのだが、望美は細かいところは流すことにした。
 今の言葉で知盛の笑みの理由がわかったのだから、些細なことは気にしない。

 つまり、知盛は先程の望美の「大嫌い」という言葉を「大好き」だと解釈したのだろう。
 間違ってはいない。
 知盛のことを大好きだと、そんな言葉では収まりきれないけれど、彼を欲する気持ちはいつだって望美の中にあるのだから。

 間違ってはいないのだが、先程の怒りのままに発した言葉をそう解釈されるのは、望美にとっては釈然としないものがある。
 それを顔に出した望美を前に、知盛は自分のペースで会話を進めた。

「神子殿はご機嫌が悪いようで……。――ああ、今日は反対の意図を汲む日、だったか……」

 再び勝手な解釈をし、にやりと唇の端を上げた知盛は、望美を抱き寄せた。

「ちょっ、ちょっと知盛! 離して!」

 望美は抗議するが、知盛はますます拘束を強める。
 反対の意に捉えられているのだと思い出した望美は、必死で逆の言葉を口にした。

「えっと、『もっとくっついて』!」

 これで離してもらえるかと思いきや、相手はくせ者知盛、思い通りに事は運ばない。
 今度は言葉のままに行動するつもりのようで、顔を近づけてきた。

「待っ……!」

 例え発したとしても意味のなかったであろう言葉が、唇に吸い込まれた。
 しばらくしてようやく離れた顔を睨むが、知盛は飄々としている。
 こちらはまだ離されない腕の中、望美は下手な発言や行動をすれば何をされるかわからないと、口をつぐんだまま思考を巡らせる。
 そんな望美を見下ろし、知盛は唇の端を吊り上げた。

「……熱は、嘘をつかない……」

 頬をかっと赤く染めた望美の身体は、確かに熱を持っている。
 それに触れている、知盛の身体も。
 だから望美は嘘のない想いを伝えるべく、今度は自分から知盛に顔を近づけ――耳朶に、がぶりと噛みついた。

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