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冴雫
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ふと、吉羅さんに第二ボタンを突きつける香穂子が浮かんだので、SSS書いてみました。
対吉羅での香穂子は勇ましくなりがちな気が…。







 
「吉羅さん! これ、第二ボタンです! 受け取ってください!」

 卒業式が終わった後、理事長室を訪ねて来た香穂子が開口一番と同時に吉羅に差し出したのは、金色のボタンだった。
 言葉が指し示すように香穂子の制服についているかつて第二ボタンだったもののようで、彼女の着ている制服からはボタンが一つかけている。

「――私には、それを受け取る理由も義理もない」

 しかし、吉羅の返答は冷たかった。
 香穂子はそれにめげず、ボタンをデスクに勝手に置く。

「いいじゃないですか、ボタンくらい受け取ってくれても」
「何故、私にたかがボタンを渡そうとしているのかね?」

 目を眇めた吉羅に、香穂子は瞬きをして首を傾げた。

「吉羅さん、第二ボタンは知ってます?」
「卒業式に、女生徒が好きな男子生徒の第二ボタンを貰うという風習だったと記憶している」
「なんだ、知ってるんじゃないですか」

 互いの認識が一応は合致していると知り、香穂子は肩の力を抜いた。

「――私が知っているのは『女性』が『男性』に貰うものだ。何故、男の私が女性である君に第二ボタンなどを貰わねばならないのかね」

 一方、吉羅は第二ボタンの風習を知っている香穂子が、何故こんな行動に出たのかますますわからなくなり、眉間の皺を深くする。
「記念です。私の想いがこもったボタンを受け取ってください! ほら、男女差別はよくないですよ」
「差別ではなく、そういう風習だろう」

 二人の会話は平行線を辿る。
 しびれを切らした香穂子が、机上のボタンを右手で掴む。
 そして、左手でデスクを挟んで椅子に座る吉羅のネクタイを掴んで引き寄せ、驚いた吉羅が顔を上げた瞬間を狙って頬に口づけを落とした。

 吉羅が目を見開いている隙に、胸ポケットへと右手に握っていたボタンを滑り込ませる。
 ネクタイを離して背筋を伸ばすと、腰に左手をあて、右手でびしっと吉羅の胸ポケットを差した。

「私の想いもいつか受け取ってもらいますから! ボタンはそれまでの代わりです!」

 漢らしく言い切り、踵を返す。
 その勇ましい様子に、吉羅は扉が閉まると同時に笑い声を零した。
 胸ポケットからボタンを取り出し、掌の内で転がす。

「――なかなか、愉しみだ」

 ぽつりと落とされた呟きに応えるように、手中のボタンが室内灯を反射して鈍く輝きを放った。
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