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冴雫
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ハッピーバレンタイン!

というわけで、バレンタインの吉日話です。
恋人設定。

バレンタインは美味しそうなチョコレートがあちこちにあって誘惑が沢山ですよね。
むしろ自分用にあれもこれも欲しくなってしまいます。

SSSは追記からどうぞ。






 街が甘い香りに包まれる日。
 香穂子は吉羅の自宅を訪れ、夕食後のゆったりとした時間を彼と二人で過ごしていた。
 つけているテレビに気もそぞろな香穂子の様子を見て、吉羅は微かに頬を緩める。
 その表情のまま立ち上がると、飲み物をとってくる、と言ってリビングを後にした。

 残された香穂子は、吉羅が背中を向けたままなのを確認すると、自らのバッグを手元に引き寄せた。
 中から、綺麗に包装された小箱と、掌に載るような小さな棒を取り出す。
 小箱を机の上に丁寧に置き、棒を手にすると、その蓋を開けた。
 反対側をくるくると回し、出てきた部分を唇に塗る。

 手鏡を出して確認をすると、満足したように一つ大きく頷いた。

 そこへ、吉羅が戻ってくる。
 香穂子は慌てて鏡と棒をバッグに仕舞い、机に置いた小箱を手にした。
 慌てぶりに頓着するでなく、香穂子の隣、ソファーに身を沈めた吉羅にそれを差し出す。

「暁彦さん、どうぞ!」
「ああ、ありがとう」

 受け取った吉羅は、早速包装を剥がしにかかった。
 最初に解かれた赤いリボンを脇に置き、包装紙を丁寧に広げてゆく。
 現れたのはいかにも今日の為に売り出されたようなデザインの箱。
 その蓋を開けると、中には少々不格好なトリュフが数個納まっていた。

 ちらと垣間見た香穂子の期待の篭った視線に押され、吉羅は指を伸ばす。
 二本の指で挟まれたチョコレートは、まるでクレーンゲームの景品かのように香穂子には感じられた。
 さしずめ、吉羅の指が景品を運ぶクレーンだ。
 そうしてチョコレートが運ばれた先は景品口ではなく吉羅の口。


 ゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ吉羅の顔、口から喉元までを見つめていた香穂子はごくりと息を呑み、感想を尋ねた。

「どう、でした?」
「悪くない」

 口の端を上げながら告げられた言葉に、香穂子は知らず入っていた肩の力を抜く。

「よかった。今年は、味重視でシンプルにトリュフにしてみたんですよ」

 胸を撫で下ろした香穂子はしかし、表情を改め深く息を吸うと、吉羅を射抜かんばかりの視線で見つめた。

「あの! ちょっ、ちょっと目をつむってくれませんか!」

 やけに緊張し、力がこもった言葉。
 吉羅は瞳に不思議そうな光を宿しながらも、香穂子の言に従ってそれを閉ざした。

 目を伏せ、整った顔を無防備に晒した吉羅の顔を、香穂子は真正面から見つめる。
 しばらくそうしていたが、吉羅の瞼がぴくりと動いたのを認めると、掌をぎゅっと握り込んだ。

 微かに汗ばんだ手をぎこきなく開き、ソファーにつく。
 上半身を吉羅のほうに乗り出し、顔を傾けて――唇に触れる。

 触れていたのは一瞬で、香穂子はすぐに顔と身体を離した。
 赤くなった頬に片手を添えながら、横にいる吉羅を窺う。

 吉羅は、目をつむる前と変わらない体勢のまま、香穂子を見ていた。
 視線が合うと、骨張った指を伸ばして香穂子の頤を捕らえる。
 そのまま親指で、潤む唇に触れた。

「なにをつけているのかね?」

 香穂子の唇からは、机上にある菓子と同じ香りが漂ってくる。
 目を細めてそれの正体を問う吉羅に、香穂子は言葉に詰まりながらも答えた。

「チョコレートが入った、リップクリーム……です」

 納得したように軽く頷いた吉羅だが、頤から指を離す気配はない。

「成る程」
「あの、暁彦さん?」

 香穂子が身じろぎをするとようやく指が動き――小さな後頭部へ回った。

「今日はバレンタイン、だろう? 好意はありがたく受け取るとしよう」

 再び細くなった瞳は、先程とは違う光を宿していた。
 香穂子が何かを言うよりも早く、吉羅の傾けられた顔が近づく。
 ふわり、と香ったチョコレートの甘い匂いが、二人の意識を包み込んだ。
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