吉日は「大吉」でした。
街は正月ムード一緒だというのに、どこからかヴァイオリンの音色が聴こえてきた。
聞き覚えのあるその音色を辿ると、その先にいたのはやはり見覚えのある少女。
曲のは終盤に入っており、すぐに最後の音色が空に溶けた。
彼女が弓を下ろすのを待って、手を打ち鳴らす。
余韻に浸り目を閉じていた少女は吉羅の接近に気づかなかったようで、拍手の音に瞼を上げ、吉羅を視界に入れると目を丸くする。
「暁彦さん」
驚きの表情は、すぐに笑顔へと変わる。
「……あけましておめでとうございます!」
「ああ。あけましておめでとう。相変わらず練習に励んでいるようで何よりだ。この調子で今年も頑張ってくれたまえ」
「はい! もう、ヴァイオリンを弾かないと落ち着かなくて。昨日は弾けなかったので、さっきのが今年の初演奏なんです。偶然とはいえ、暁彦さんに聴いてもらえて嬉しいです」
香穂子の言葉を聞き、吉羅は唇の片端をぐいと上げた。
「偶然、か」
「え?」
腕をゆったりと組み、吉羅はまるで出題でもするかのように言葉を発する。
「本当に偶然だと思うかね?」
「……偶然、じゃないんですか? お正月は用があるから、って約束とかしてませんよね?」
首を傾げる香穂子を見て、吉羅は喉の奥で笑った。
「約束はしていないが、君の行動パターンは読みやすいよ」
「……えっ、じゃあ、暁彦さんは私がここにいるって確信して、ここに来たんですか?」
「自宅では演奏できないだろうし、大学もまだ開いていないからね。練習できる場所は限られるだろう」
完全に読まれている行動パターンに複雑な心境になりながら、香穂子はほかの疑問を思い出し、それを口に出した。
「用事はどうしたんですか?」
「必要最低限の仕事は終えたよ。残っているのは、私用だけだ」
「私用?」
そのために横浜に来て、ついでにこの公園まで足を伸ばしたのか、と勝手に納得した香穂子は、そこに立ち入っていいのかと視線をうろつかせる。
吉羅は、そんな香穂子の頬に手を添えた。
「――姉の墓参りに行こうと思ってね。よければ、君にも来て欲しい」
「えっ、いいんですか?」
「いずれ、共に行くことになるのだから、多少早く訪れても構わないさ」
もう片手で香穂子の左手を取り、薬指にはめられたリングを指先でなぞる。
恥ずかしそうに俯いた香穂子は、それでも小さく頷きを返した
彈初(ひきぞめ)…新年(多くは正月二日)、はじめて琵琶・三味線・琴などをひくこと。洋楽器でもよい。初弾・琴始。
後書
あみだで決めたのに吉日が大吉にくるとは、さすが吉日メインサイトというべきでしょうか。
自分でもちょっとびっくりしました。
「彈初」は、コルダだったら使いたいお題だよね!と吉日で書いてみました。
この後は、翌日が自分の誕生日だからと、なんだかんだでずっと一緒にいる予定です。
…それを話に盛り込めっていう突っ込みは自分でしました。
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