銀望は「吉」でした。
望美が銀を伴って現代に帰ってきて十数日。
世間は新年を迎え、望美は銀と共に鶴岡八幡宮を訪れていた。
最初は、人出も多く、なにより平家であった銀――重衡にとってはあまりいい思いをしないのではないかと別の場所を考えていた望美だが、銀は笑顔でそれを否定した。
いわく、「神子様の隣であれば、どのような場所でも浄土となりましょう」。
望美は真面目に心配していたのに、話を逸らしたあげくにからかわれたような心持ちにすらなったが、赤くなる頬を止めることなどできなかった。
それを愛おしそうに見ながら、銀が言葉を続ける。
「それに、神子様にとっては幼少の頃より親しんだ、思い出深い場所なのでしょう? その地にご一緒できる喜びは、何にも勝ります」
甘い言葉を囁く銀の瞳には、強い光が宿っていた。
それに覚悟の一端を見て、望美は言葉を重ねるのを止め、初詣に鶴岡八幡宮へと行くことを約束したのだ。
参拝を終え脇の階段を下りた望美の目に、とある建物が飛び込んできた。
時に結婚式も行われているそれは、舞殿と呼ばれるものだった。
舞殿では、新年を祝う神楽が舞われており――望美は、そこに幻を見た。
横にいる銀とは異なる、少し毛先の広がる銀髪が風になびく。
カットソーのような身体にぴったりとした黒い衣服を身につけ、狩衣の片袖を脱いだ、独特な格好をした銀によく似た男。
望美が自らの手で死に導いた、銀の兄。
「――――っ……!」
息を飲んだ望美を、銀が眉をひそめて覗き込む。
「神子様? どうされました?」
「……なんで、も……」
ない、とは言えなかった。
その態度と微かに震えてしまった声を心配したのか、銀が望美の腰に手を回し、人の少ない場所へと移動する。
望美の両手を包み、銀は腰を屈めた。
懇願するように望美の瞳を見つめる。
「神子様……。この銀に、あなたの愁いを晴らす役目を与えてはいただけませんか?」
真摯な顔つきと声に、望美は重いを口を開いた。
「知盛の、幻が見えて――」
「兄上の?」
「夏の熊野で、一緒に舞ったことがあるからだと思う」
言葉にすることで、徐々に落ち着きが戻ってくる。
以前にも話したことのある出来事が原因ではないかと思い当たり、望美は微かに目を細め、あの時空を回顧する。
「――確か、共に柳花苑を舞ったのでしたね」
「うん」
舞殿に向けた銀の視線は、鋭さを増している。
俯いていた望美にはそれは見えず、顔を上げると銀に謝る。
「ごめん、ね」
銀はゆるゆると首を振る。
「いいえ、あなたが謝る必要などございません。兄上は、満足していったはずですから。――それよりも、私が謗りを受けるべきなのです。あなたの心にいる兄上にすら嫉妬してしまうような、器量の狭い男なのですから」
銀は、自らの胸に当てた片手を握り締める。
「神子様、家に戻ったら、舞を見せてはいただけませんか? ――いえ、私と舞を合わせていただけませんか?」
「銀と?」
驚いた望美は、目を丸くする。
「はい。兄上の記憶を消していただきたいとは申しませんが、私との思い出は、それよりも多く覚えていて欲しいのです。舞殿を見て、兄上ではなく私を思い出すくらいに」
望美は声が出せず、間を置いてからただこくりと頷いた。
それを見た銀の顔には、正月に相応しい、華やかな笑みが浮かんでいた。
舞初(まいぞめ)…新年初めて、舞楽を司る家で、舞人・楽人たちが参集して、陵王・納蘇利などを舞った。今は、俗間で舞踊の舞初をすることを言う。
後書
さりげに、銀望書くのは初めてです。
いつも重望ばっかり書いてますからね~。
銀望はこの「舞初」という単語を見た瞬間に話が浮かんだ…んですが、新年からちょっと暗い話ですね。
銀は、望美に深い傷を残して死んでしまった兄に嫉妬し続けそうですよね。
でも、そこは生きている者として、知盛にはもうできない、大きな大きな愛情で包み続ける、ということを欲しいです。
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