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冴雫
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お正月企画のおみくじにおまけとして載せていたSSS。
金日は「中吉」でした。






 高校生活最後の始業式やホームルームが終わると、香穂子は音楽準備室へ急いで向かった。
 些か荒く扉を開くと、中にいるのは一人。
 ばたんと扉を閉めて、香穂子は勢いのまま新年のあいさつを口にした。

「先生、あけましておめでとうございます!」
「おー、あけましておめでとう」

 あまり心がこもっている感じがしないが、そこは流して香穂子は金澤に詰め寄った。

「年賀状、ちゃんと届きました?」

 金澤は、きらきら瞳を輝かせる香穂子から上体をのけ反らせて顔を離した。

「ちゃんとこっちの家に届いてたぞ。だが、送る相手のことも考えてくれや。三十越えた男が、あんなに可愛い年賀状貰ってもなぁ」
「女子高生は可愛いもの好きなんです。それに、インパクトあるでしょ?」

 ふふん、と得意げになった香穂子は顔を動かした拍子に目に入った紙筒を視線で指した。

「それ、カレンダーですか?」

 金澤は紙筒を手に取り、もう片手にぽんぽんと叩きつける。

「そ、カレンダー。ないと不便だからな。早速飾るか」

 言うなり、包装のビニール袋からカレンダーを取り出し、丸まった紙を真っ直ぐになるように反対側から巻き始めた。
 それでもまだ軽く曲がったままのカレンダーは、商店で貰うような、伝統的と言えば聞こえがいいが少々味気ないものだった。
 しかし、予定を書き込むスペースが充分取られており、実用的ではある。

「先生、そのカレンダーにしるしつけていいですか?」
「しるし? まあ、見るのは俺くらいだから構わないが、あんまり派手にしてくれるなよ」
「はーい。あ、ペン借りますね」

 うきうきと筆箱に立てられたペンを手にすると、香穂子はカレンダーを表紙から3枚めくったところで手を止めた。

「まずは3月1日。先生の誕生日ですね」
「……いっそ、生徒が勝手に書いたとわかるようにしといてくれ。誰かに見られたら、いい年して誕生日を心待ちにしてると取られかねん」
「じゃあ、ピンクでハートに『金やんの誕生日』、っと」

 金澤の疲れたようなため息が聞こえた気がしたが、香穂子は気にせずペンを持ち替えた。

「31日にもしるしつけておきますね」
「3月31日? なんかあったか?」

 金澤の問い掛けに、香穂子はくるりと振り返ってペンをぴっと立てた。

「ありますよ〜。私の高校生活終わりの日です。確か、3月いっぱいは高校に在籍してるって扱いですよね? この日で、名実共に卒業です!」

 『終わり』と『卒業』に力を入れ、香穂子は再びカレンダーに向かってしるしを書き込んだ。
 書き終えると、満足げに頷く。

「この日が過ぎたら、ようやく堂々と……」

 その日を切望する響きがこもった声を遮るように、金澤は香穂子の頭に手を置いた。
 振り返り、金澤を見上げた香穂子の瞳は微かに揺れている。
 相手に言わせてしまった照れもあって、金澤はその視線を真っ直ぐには受け止めずにそっぽを向いた。
 視界に香穂子は入ったまま。

「……まったく、お前さんには負けるよ。いや、いつも負けっぱなしだな」

 首を傾げて不思議そうにする香穂子に、なんでもないとごまかすように首を振って。
 彼女の肩越しに、カレンダーのしるしのついた日付をゆっくりとなぞった。
 言葉には出来ないから、せめて自分も同じ想いなのだと伝わるように。





初暦(はつごよみ)暦開き。新年初めてその年の暦を用いること、またその暦。




後書
金日はやっぱり、教師と生徒という関係がもどかしくもあり、そこがよくもありますよね。
ほかのカプより、卒業後に馳せる想いが大きい気がします。
と、いうわけで卒業を心待ちにしている描写です。
金やんは私服はこだわりがあるようですが、学校では白衣という適当な感じなので、カレンダーも自室の分は凝った、自分のセンスに合ったものを選ぶとしても、学校ではあんまり気にしないかな~と思いまして。
たまたまもらった、そこそこ使い勝手のいいのがあればそれを利用してそうだな~と。
それぞれのカレンダーの好みを考えるのもなかなか楽しそうですね。

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