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冴雫
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「三年前の約束」、「三年後の約束」の続き。
金→←日が金×日になる話です。






 金澤は薄暗い店内で香穂子と並んで座り、酒の入ったグラスを傾けていた。

 店に入ると、香穂子は物珍し気に酒の名前を眺めた。
 金澤が初心者でも飲みやすそう、かつ女性が好みそうな無難な酒の名前をいくつか挙げて、香穂子はその中から一つを選んで注文した。

 目の前にグラスが置かれると、香穂子はうきうきグラスを手にし、声高く乾杯をした。
 その勢いに比べれば恐る恐ると含んだ液体の味を確かめると、香穂子は瞬きをしてグラスを置いた。

「ちょっと苦いですね」
「酒だからな」

 至極当然の答えを返すと、香穂子は「まあ、そうなんですけど」と納得したような顔をしながら、再びグラスを手にする。

「……でも、美味しいです」

 破顔した香穂子に、それよりも大分苦い酒を飲んでいた金澤はそうかそうかと頷いた。

「調子に乗って飲み過ぎるんじゃないぞ。初めてなんだから、抑え目にしとけよ」
「はーい」

 返事だけは優等生だが、香穂子は最初の酒を飲み干すと、先程金澤が挙げた中から別の酒を選んで注文した。

 それも飲み終わる頃になると、香穂子の様子が少しおかしくなっていた。
 要は、酔ってしまったのだ。
 とは言え、ひどいものではない。
 テンションが高くなり、やたらと金澤のほうに体を傾ける。
 そして、とろんとした目つきで金澤を見上げ、舌足らずになった声で金澤を呼ぶ。

「せんせ~」

 それに適当な返事をしながら、金澤は内心でため息をついた。
 弱い。
 香穂子には、酒はあまり飲まないように忠告しておいたほうがいいかもしれない。
 酔いが醒めたら、であるが。
 この状態では話にならない。

 金澤が考え込んでいる間にも香穂子の呼びかけは続いていたようで、反応しない金澤に焦れたのか、呼び名を何通りにも変える。

「金澤せんせー。金や~ん。金澤さーん。……紘人さん、ひろと~」
「お前さん、教師を呼び捨てにするな」

 金澤が反応したことに満足したのか、香穂子は声をたてて笑った。

「でも、私はもう卒業しましたもん。だから、紘人」
「だからってなぁ……」

 酔っての所業だとは言え、憎からず思っている少女に名前を呼び捨てにされれば鼓動が跳ねる。
 苦笑を零した金澤が不満だったのか、香穂子はぐいと詰め寄った。

「……私、もう生徒じゃないんですよ? ひろと、さんは、私のこと生徒としてしか見れませんか? 私、私は……」

 潤んだ瞳から視線が剥がせぬまま、金澤は息を呑んで香穂子の言葉を聞いていた。
 しかし、重要な部分に差し掛かろうとすると、慌てて香穂子の口を自らの骨張った手で覆う。

 不安に揺れた瞳に安心させるように微笑みかける。

「言葉にするのは、酔ってない時にしてくれや。……酔った勢いで言った、なんて後で謝られたら、俺は立ち上がれん」

 金澤の言葉を聞いて頬を膨らませた香穂子は、その言葉をよくよく飲み込むと瞳を大きくした。
 そして、幸せそうに頬を緩ませる。

「冗談なんかじゃないですよ?」
「それでも、だ。……酔いが醒めたら……」

 後半の言葉が聞き取れずに顔を傾けた香穂子に、金澤は緩く首を振ってみせる。

「そろそろ行くか。……公園にでも寄って、酔いが醒めたら送ってってやるよ」

 先にレジに向かった金澤の背を見つめ、香穂子は手元の空になったグラスを弾いた。
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