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冴雫
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笑言十題、9つめです!
今回は遙か3、ヒノエ×望美。
でも、×要素はそんなにありません。

うっかりシリアス方向に行きそうになりつつ、軌道修正したつもり。
ギャグって難しいですね!

某イベントのフラグ折ってるのでご注意。
大丈夫そうな方は追記からどうぞ。






 影を地に焼きつけんとしているかのような、強い日差しが照りつけている熊野の路地。
 暑さで、遠くの建物が揺らいで見える。

 望美は、人気のない通りを急いで抜けようとしていた。
 その身には普段の戦装束ではなく、華やかな衣装を纏っている。

 急いていた足の進め方が、通りも半ばを過ぎた辺りで速度を落とす。
 ついには路地の真ん中で立ち止まり、首を傾げた。

「う~ん……。なんか忘れてる気がするんだよね」

 コンコンと拳で額際を叩きながら、何事かを思い出そうとしている。
 何も浮かばなかった望美は、目を閉じて記憶を引っ張り出す作業に集中した。

 ザッ、という足音と不穏な気配に瞼を上げた望美の視界に映ったのは、澄んだ青空には不似合いな柄の悪そうな二人組だった。
 下卑た笑みを浮かべる男たちは、少女に手を伸ばす。

 それを避けた望美は、帯に差していた扇子を取り出し、彼らを睨みつけた。





 鈍い音が、路地に響いた。
 どさり、と地面に倒れ込んだのは、男二人。
 足元に転がった二人を見下ろし、望美はため息をついた。

「人が考え事してるっていうのに……」

 ひとまず、ならず者を身動きできないようにして、水軍にでも引き渡さなければ、と望美は拘束するものを求めて周囲を見回した。
 ちょうどよく、軒先に縄がある。

 少しの間借りることにして、望美は縄で男二人を手際よく縛った。
 手首、そして胴に縄を回し、そこから伸びた部分を家の柱に結び付け、逃走を防ぐ。

「これで逃げられないだろうし、熊野水軍でも呼びに行こうかな」

 手をパンパンと打ち、ほこりを払いながら、望美は改めて男を見下ろした。
 気を失い、だらりと垂れ下がった頭。
 濃い影に大部分が覆われた面構えに、望美の記憶のどこかが刺激された。

「この人たち、見覚えがあるような……」

 首を捻った望美は、拍子に直視してしまった太陽の眩しさに目を細める。
 狭くなった視界。
 視覚情報が少なくなったからか、聴覚が鋭敏になり、波の音が大きくなって聞こえた。

 夏の熊野。
 照りつける太陽。
 着飾った望美。
 柄の悪い二人組。
 波の音。

 情報が集い、かつての情景が浮かび上がった。

「……あっ! この人たち、毎回私を攫う人たちだった!」

 望美はようやく、記憶を引っ張り出すことに成功した。
 忘れていたのはこのことか、としきりに頷く。
 頭に引っ掛かっていたもやもやしたものが晴れた。

 しかし。
 一つの問題が浮上する。

「私が攫れた時に、ヒノエくんが正体明かしてくれるんだよね。海賊、倒しちゃった。どうしよう……」

 望美は、変えるつもりのなかった運命を変えてしまった。

「この人たちをたたき起こして、攫ってもらったほうがいいのかな」

 二人は、いまだ気を失っている。
 今からわざと攫われるのも癪だ。
 そもそも、彼らを起こしたところで、もう望美を攫おうなどと思わないだろう。

 望美が迷っているうちに、人の気配が近づいてきた。
 警戒して身構えた望美の前に現れたのは、熊野水軍の兵。
 彼らは、縛られている男二人を認めると驚いたように目を瞠って、顔を見合わせた。
 僅かな間の後、一人が望美に声をかける。

「これは、あんたがやったのか?」

 望美は否定もできず、曖昧に頷いた。

「ええ、まあ……」

 水軍に見つかり、わざと攫われる手は完全に使えなくなった。
 どうしよう、と考え込む望美の目に、さらに対応に困る人物が飛び込んできた。

「望美?」

 そこに立っていたのは、望美が頭を抱える原因となっている、まだ正体を明かしていない熊野別当殿だった。

「あっ、頭!」

 頭、と呼びかけた水軍衆にちらりと視線だけをやり、ヒノエは望美に向き直った。

「宿に向かったら、もう出たって聞いてね。すれ違ったかと思って、慌てて追ってきたんだけど。これはどうしたんだい?」
「攫われそうになって……」

 やっつけちゃった、と望美は引き攣る笑みで答えた。
 望美の答えを聞いたヒノエの鋭い眼差しが、男たちを貫く。

「へぇ? オレの姫君に手を出そうだなんて、命知らずだね」

 すっ、と細められた瞳には、一介の少年とは思えぬ迫力が込められている。
 顎をしゃくり、普段よりも低い声で水軍衆に簡潔な命令を下した。

「連れていけ」

 水軍衆の返答も短く、指示された通りに男たちを運んでゆく。

 路地には、望美とヒノエ、二人の姿だけが残された。
 二人の間には、沈黙が落ちる。 望美はこれからどうしようかと思考を巡らせ、ヒノエは真剣な表情でなにかを考え込んでいる。

 先に口を開いたのは、ヒノエだった。

「…………望美」

 呼びかけられた望美は、戸惑いをのせた瞳でヒノエを見つめる。

「……なに?」
「お前は……」

 何かを言いかけたヒノエは、しかし、すぐに口をつぐんでしまう。
 そして、軽く頭を振った。

「いや、なんでもない。疲れただろう? 熊野別当との面会は明日にしてもらっておくから、今日は休んだほうがいい」

 望美はしばらく、地面に転がっている小石に焦点を合わせ、黙り込んでいた。
 だが、頭を上げると明るい笑顔を見せる。

「明日は、いつもの私の格好でいいかな。もうこの格好はこりごりだよ。私が海賊を倒したって、頭領さんに伝わっちゃうと思うし。姫君ぶる理由はなくなるよね」
「おや、それは残念だね。頭領はお前の姫君姿を見たがると思うよ? 戦装束も麗しいけどね」

 望美に合わせるように、ヒノエも軽い調子で会話を続けた。
 彼の言葉に、望美は笑いを零す。
 そのまま軽く首を傾げ、ヒノエの顔を覗き込んだ。

「ヒノエくんは、もう見たでしょう?」

 会話の流れとしては少々不自然とも言える台詞に、ヒノエは望美の真意がわからずに言葉を詰まらせた。
 望美はそれに気づかないのか、気にしないのか、笑みを深めるばかり。

「そろそろ帰ろうか。みんなに心配かけちゃったかな」

 望美は身を翻して歩き始め、ヒノエは彼女の本心を探るようにその背を見つめる。
 足音が続かないことを不審に思ったのか、望美が振り返った。

「ヒノエくん?」
「……ああ、悪い。姫君に見とれてしまってね」

 ヒノエは片目を瞑り、甘い言葉を贈った。
 望美は、頬を桜色淡く染めると、そっぽを向いた。

「もう、またそんなこと言って! 天地の朱雀は二人して口が軽いよね。血筋を感じるよ」
「弁慶との血筋?」

 望美の台詞に、再び引っ掛かるものを感じてヒノエは片眉を動かした。
 探るように言葉を返す。

 ヒノエの意図には気づかず、望美は大きく頷いた。

「湛快さんも軽口たたくし、さすが弁慶さんのお兄さんって感じだよね。もしかして、ヒノエくんのお祖父さんも? 熊野別当の家がそういう血筋だから、熊野の男の人は甘い言葉がぽろぽろ出てくる…………あ」

 ぽろぽろと喋ってしまった望美は、慌てて口を押さえた。
 そろそろと視線を動かし、ヒノエの表情を伺う。
 逆光になっているからか、顔が陰になってヒノエがどんな顔をしているのだかわからない。

「あっ、私、買いたいものがあったんだった! すぐに買えると思うから、ヒノエくんは先に戻ってて! じゃっ!!」

 じゃっ、の言葉と共に走り去ろうとした望美だが、がしりと腕を掴まれてしまう。
 そろそろと、掴んでいる手の主の顔を見上げた望美の瞳には、どこかの地の朱雀を連想させるような、とてもいい笑顔をした天の朱雀が映りこんだ。





 後年、源平の和議を取り結ぶという大儀を果たした若き熊野別当の隣には、源氏のもとで武勇を誇っていた神子姫の姿があった。





後書き

ギャグになりきってない上に、どっかで見た展開ですが気にしない。
望美は叔父さん相手の時と同じように諸々白状させられ、強制的にヒノエルート@和議。

ヒノエのこの、さらわれて熊野別当の正体を知る、ってイベントが、毎回毎回毎回毎回さらわれてしまうのが気になって。
一回くらいやっつけちゃってもいいじゃない、と思って書いてみました。

きっと、このイベントはリズ先生のいうところの「変えることができない」運命なんでしょうが。
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