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冴雫
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重衡×望美の微パラレル「既望」のその後パラレルです。
…ややこしい言い回しですね。
「既望」のその後の「もしも」です。

実際に「既望」続編を書いたらこうはなりませんが、ふと思い浮かんだので書いてみました。
ギャグ寄りです。
…多分。
ギャグの定義がよくわからない。
携帯から投稿なので、折り畳めてないです。 (編集して折りたたみました)
ご注意。








 宴から席を外していた重衡が戻ってきた。
 何故か、見たことのある少女を連れて。

「あ、将臣君」
「おー、望美」

 いつもの笑みを見せた望美に、将臣もいつものように片手を挙げて応える。
 飛び入りであるはずの少女の席はいつの間にか重衡の横に設置されている。
 相変わらず手際がいいな、と感嘆と諦めの入り混じった瞳で見送ろうとした将臣は、引っ掛かりを覚えて頭を掻いた。

 どうにも酒で思考が鈍っているようだ。
 何か、大切なことを忘れている気がする。
 ああ、やはり異世界だからと、成人もしていないのに、薦められた酒を口にしてしまったのがよくなかったのだろうか。

 忘れていることに目の前の少女が関わっている気がして、将臣は望美をじっと見つめた。

「何?」

 ことりと小首を傾げる仕種も見慣れたものだ。
 ――この世界に飛ばされる前は。

 将臣ははっと目を見開いた。
 手を伸ばして、少女に触れることができると確認する。

「お前、何で……」

 彼女とは、共に学校の廊下にいたのに何故か突然濁流に飲み込まれ、そこで別れてしまったはず。
 流された後に気付いた時にはこの世界にいて、どうにかこうにか屋敷で暮らすことが叶うようになってからは彼女と自らの弟を出来る限りの手を尽くして捜していたのだ。
 見つからないことに焦燥も感じたが、こちらの世界に来ていないのならばそれが一番いい、と思いながら。
 なのに、何故望美は宴にひょいと現れているのだろう。

「将臣殿」

 混乱する将臣に、涼やかな声がかけられた。

「重衡?」

 声の主は、声と同じくらい爽やかな笑みをその顔に浮かべていた。
 しかし、瞳には敵意が浮かんでいる。

「捜していた方にお会いできて、嬉しさを抑え切ることができないというのは自然な感情でしょう。しかし、そろそろ私の姫君から手を離していただけませんか?」
「ああ、悪い」

 将臣は思わずパッと手を離したが、言葉を噛み直すと聞き逃せない単語が混じっている気がする。

「おい、」
「重衡さん、その言い方は止めてください!」

 聞き返そうとした将臣の台詞は、望美によって遮られた。
 頬を赤く染め上げて、重衡に詰め寄っている。
 重衡は望美の手をさっと取って、両手で包み込んだ。
 縋るようなその仕種に、憂いを帯びた瞳がプラスされる。

「十六夜の君。貴方を私のもの、などと称してご気分を害されてしまったでしょうか」

 犬だったら、「クゥーン」とでも鳴きそうだ。
 望美も、逆らいきれない何かを感じたのか言葉を詰まらせる。

「いっ、嫌ってわけじゃないんですけど、恥ずかしいです」

 途端、重衡の笑みは華やいだものとなる。

「ならば、ようございました」

 重衡ってこんなやつだったか?と将臣は首を傾げた。
 どうにも、下に出るしたたかさと忠誠度がレベルアップしている気がする。

 将臣が疑問に埋もれている最中にも、望美と重衡の会話は続く。
 周囲の視線は二人に釘付けだ。
 尼御前も、経正も、惟盛も、なんと知盛までも。

「……重衡さんって意地悪ですよね」

 そいつの性格は意地悪ってレベルじゃねぇ、との将臣の心の中のツッコミは、当然望美の耳に入ることはない。

「申し訳ありません。私は、嫉妬深いのです。貴方を人目に晒すことすら、身を切られるようで……」
「表現が大袈裟です!」
「大袈裟などではありません。貴方の全てを独占してしまえたらと考えずにいられないのです」

 ここで将臣は、最初の疑問を思い出した。
 口を挟むのは怖いが、無理に入らなければ話が進みそうにない。

「あー、お前ら、ちょっといいか?」
「何、将臣君?」
「何でしょうか、将臣殿」

 望美は助かったというように、重衡は邪魔をするなというふうに将臣を見つめた。
 将臣は頭を掻きながら、疑問を口にする。

「お前ら、いつ出会ったんだ?」

 沈黙が落ちる。

「――さっき?」

 何故か疑問形。
 小首を傾げながら応えられても、質問しているこちらが答えを知るわけはない。

「私が宴を抜けてすぐ、でしたね」

 重衡がにこやかに補足した。

 彼が宴を抜けたのは精々二十分程前のことだ。

「はっ?」

 それでそんなに親密になるものなのか。
 しかも、疑問形といい曖昧な語尾といい何やら含みを感じる。

 さらに問いを重ねようとした将臣だが、重衡は既に口説きモードに入っていた。

「十六夜の君。貴方を見ていると、自然と言葉が出てくるのです。言葉が、貴方を讃えようとしているのでしょうね。しかし、どんなに美しい言葉を連ねても、貴方の前ではその意味を失ってしまいます」

 望美は、恥ずかしさで何も言えないのか、真っ赤になって黙り込んでいる。
 周囲の目が、好奇心に満ちたものから生温かいものへと変わる。
 もうあの二人は放っておいて宴を楽しもう、という雰囲気になったところに、女性の声が響いた。

「重衡殿」

 声をかけたのは、二位ノ尼。
 重衡もさすがに母親のことは無視できないのか、尼御前に向き直った。

「ああ、母上。母上にも紹介させていただきますね。こちらは、春日望美殿。いずれ、母上の娘になる方です」
「しっ、重衡さん……!」

 将臣は、あんぐりと口を開けた。
 出会って三十分で、結婚まで話がいっているのか。
 望美は驚いているようではあるが、声に照れと焦りはあれど否定の色はない。
 将臣は、幼なじみを急に遠く感じた。
 感傷での意味でなく、何がなんだかわからないという意味で。

 尼御前は、突然の宣言もにこりと笑って受け入れた。
 流石だ尼御前、伊達に尼御前と呼ばれていない、と将臣の尼御前に対する尊敬と好感度がぐんと上がる。

「明日の戦で怪我などして、心配をかけてはいけませんよ」

 そうだ、重衡は明日から戦に向かう。この宴はその為に開かれたものだった、と将臣は本日何度目かで我に返った。
 もう、何度意識が飛んだかなぞ数えるのも無駄に思えてくる。
 比喩でなく頭を抱えた将臣の意識を、更に成層圏まで飛ばすような言葉が、望美から放たれた。

「あ、あの、私もその戦に同行します」
「は?」

 この世界に飛ばされるまで、剣なんてレプリカくらいしか見たことがないであろう普通の女子高生だった望美が何を言い出すのか、と将臣は胡乱な目で少女を見遣った。
 皆の視線も似たようなものだ。
 だが、望美はそれを受けてにっこりと笑った。

「大丈夫。剣は扱い慣れてるから」
「ええ。私も、十六夜の君の剣の腕は聞き及んでおります」

 お前が望美に会ったのは三十分前じゃないのか、と突っ込もうか将臣は迷った。
 突っ込んだところで答えは得られない気がする。

 代わりに、厄介な人物が素早い反応を見せた。

「ほう……。ならば、見せてみろよ」

 クッ、と笑いながら、容姿だけは重衡に似た彼の兄弟がゆらりと立ち上がった。
 その人物を認めると、望美は嫌そうに顔を歪める。
 そこに、氷のように冷たい声が切り込んだ。

「兄上などと剣を交えたら、姫君が穢れます」

 重衡は、知盛の視線に望美を晒すのも嫌だというように望美を自分の影に入れた。

「とは言え、十六夜の君の剣は私も見てみたい。剣技を見せてはいただけませんか」

 周りに望美の剣の腕を知らしめたいのか、自らが望美の剣を見たいだけなのかわからない重衡の言葉に、望美は頷いた。
 桜が散っている庭に降りると、目を閉じて呼吸を整える。

 ふわり、と動く袖に合わせて、いつの間にか切られた桜花が少女の周囲を彩る。
 まるで、舞を見ているような剣技。

 誰もが少女の持つ空気に飲まれていた。

 剣を下ろすと、望美は重衡の元へパタパタと走ってきた。

「どう、でした?」
「噂に聞いていた以上に見事でした。やはり、貴方のことを言葉で伝えきることなどできないのですね」

 重衡、口説きモード再びオン。
 周囲からは、今度こそ割り入る声はない。

 将臣は、問い掛けたい色々をぐっと飲み込んで宴の席に戻った。
 何を聞いたところで、今は無駄だろう。

 心の中でだけ悪態をついて、将臣は一人酒を煽った。


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