九郎さんのフラグを根本からぼっきりと折る話です。
タイトルから推測できている方もいらっしゃると思いますが、春の京の神泉苑でのあのイベントです。
あそこが重要ポイント!フラグを折るとは何事・・・!
という方は閲覧を控えてくださるようお願い申し上げます。
大丈夫!な方はお進みください。
桜の花弁がふわりと風に舞い、水面に落ちてささやかな波紋を起こした。
しかし、人々の視線は桜ではなく、その花の色で染め上げられた小袖を靡かせて舞う一人の少女へと向かっていた。
やがて、水面に波紋がいくつも広がり始める。
ぽつりぽつりと雫が落ちるにつれ、人々のざわめきも大きくなった。
つかの間の雨はすぐに止んでしまったが、ざわめきが静まることはなかった。
神泉苑で行われた、雨乞いの請願の為の舞。
しかし、優れた舞手は現れず、雨が降る様子など露ほどもない。
痺れを切らした法皇は、見物に来ていた九郎の供に目をつけた。
朔は尼ということで辞退を許されたが、望美は断ることもできず、舞うこととなってしまった。
仕方無し、といった風情で舞い始めた望美だが、その舞は見ている者が思わず感嘆の息を零してしまう程見事な舞だった。
舞が素晴らしいだけでなく、本来の目的であった雨乞いの請願も僅かな間とはいえ果たした。
それが気に入ったのか、法皇は思いも寄らぬ言葉を口にした。
「この舞手、気に入ったぞ。九郎、余に譲ってくれぬか」
「譲る」との言葉に、望美は驚愕を隠さずに、誰にともしれない問い掛けを発した。
「――譲るって……どういうこと?」
「余に仕える白拍子になるのだ。そなたにも悪い話ではないぞ」
望美の問いに答えた法皇は、その顔に笑みをのせて続ける。
「玉だろうが、着物だろうが、何でも与えてやろう。好きなだけ贅沢ができるぞ」
断られることなど考えていない言葉。
望美は、握った掌に爪で傷をつけんばかりに力を込めた。
その様子を見ていた九郎が、その提案を制止する為に口を開こうとする。
しかし、それに先んじて、望美が一歩前に踏み出して片膝をついた。
彼女の肩を抱こうとした九郎の手は虚しくさ迷うが、幸いと言うべきか、皆、望美に視線を奪われ、源氏の御曹司のことを気にする者はいなかった。
何を言うつもりだ、と華奢な肩に手をかけようとするが、法皇の目前ではそれも躊躇われる。
九郎が僅かな逡巡に捕われた間に、望美が言葉を発した。
「恐れながら申し上げます」
伏せていた顔をすっと上げると、法皇の瞳を直視する。
「私は、龍神に仕える神子でございます。先程、私が舞った時に雨が降ったのも、それ故」
「ほう、龍神の神子とな」
望美の言葉に、法皇は僅かに目を瞠った。
何を言い出すのだ、と声を荒げようとした九郎の口は、開いたまま固まってしまう。
「はい。先刻は、龍神に捧げるとあって舞わせていただきました。しかし、法皇様にお仕えすることはできません」
すらすらと言葉を並べる望美を止めるものはいない。
この場で一番力を持っている法皇が、興味深げに話を聞いているからだ。
法皇が許容している以上、無礼だと止めたならば不興を買うのは娘ではなく自らかもしれない。
そんな思いから、周囲の者は遠巻きに様子を眺めるだけだった。
周囲の思惑を知ってか知らずか、法皇は先を促す。
「何故じゃ」
望美はついと視線を空へと向ける。
つられて、同じく空を仰いだ法皇の耳に、言葉が飛び込んできた。
「龍神は、力を失っております。私が舞った時に降った雨が僅かだったのも、その為。私は現在、龍神の力を取り戻すべく、源九郎義経殿に協力していただいて行動しております」
驚きに視線を再び望美に固定した法皇に、少女は真摯な光を宿した瞳を向けた。
望美の言葉に、傍らにいた九郎にも皆の視線が集中する。
法皇からも問うような視線を向けられた九郎は、自身も望美の言動に対しての驚きに捕われながら、望美の言葉が真実であることを証言した。
「ふむ」
何事かを思案しながら頷いた法皇に、望美はさらに奏上を続ける。
「龍神の力を取り戻すことは、必ず法皇様の御為にもなりましょう。お仕えできぬのは大変心苦しいのですが、法皇様の寛大な御心をもってお許しいただければ幸いにございます」
「よいよい。そのような理由があるのならば、無理に引き留めることもできまい」
鷹揚に頷く法王に、望美は花開くような笑みを零し、頭を下げた。
「ありがとうございます」
法王は僅かに相好を崩してそれを受け入れると、事態についてゆけずに固まっている九郎に視線を移す。
「うむ。九郎、力になってやるがよい」
突如矛先を向けられた九郎は、短く返答をすることしかできない。
「はっ」
法王が満足気に頷くのを見届けると、九郎と望美は礼をとり、静々と御前を下がった。
喧騒から離れ、仲間と合流すると、九郎は留めていたものを一気に放出するように口を開いた。
「お前はいきなり何を言い出すんだ!」
開口一番、叱り付けるような口調の九郎に、望美は頬を膨らませて言い返した。
「いきなり言い出したのは法王様じゃないですか! 私は申し出を遺恨なんかを残さないように、事実を述べて断っただけです」
「だからと言って、『龍神の神子』だなどと、公衆の面前で名乗らなくともいいだろう。利用しようとするものが出てくるかもしれないんだぞ!」
九郎の言い分ももっともで、仲裁しようとした者は、一瞬の躊躇いをみせる。
しかし、望美はそれがどうした、と言わんばかりに強い語気で言葉を返した。
「怨霊を封印し続ければ、いつかは分かるものです。だったら、法皇様に先に名乗っておいても不都合はないじゃないですか」
「だが……」
「それに、公言しておいたほうが動きやすくなる場合だってあるじゃないですか」
望美に言い負かされた形となった九郎が、反論の言葉を絞りだそうとしたところで、景時が止めに入った。
「まあ、まあ。無事に終わったんだからいいじゃないの、二人とも」
九郎は未だ不満気だったが、一つ息をついて自分を落ち着かせると望美たちに声をかけた。
「今の騒ぎで、後始末が増えた。お前たちは先に帰ってろ」
むっとして言い返そうとした望美を景時が再び宥めて、九郎を除いた皆が神泉苑を後にする。
その後姿を見送っていた九郎の元に、ひらりと舞い落ちてきた桜の花びら。
掌に触れたそれに、同じ色の衣を重ね見て、九郎は掴むことのなかったぬくもりに僅かに思いを馳せた。
後書
ずっと書いてみたかった、九郎さん春の京の神泉苑でのフラグ折り。
いえ、フラグ折りが書きたかったんじゃなくて、許婚だっていう嘘をつかずに法皇の申し出を断る望美を書きたかったんですが・・・同じですね。
言葉遣いは、出来るだけ堅苦しく、でも望美が話すように少しだけ崩して・・・を心がけてはみました。
時空跳躍を繰り返して、知盛とか景時さんとか重衡さんとかの公口調を見て口調を考えたとの裏設定。
法皇に目をつけられたくなかったら、そもそも神泉苑に行かなきゃいいじゃん!という突っ込みはスルーです。
ラスト、微妙に九郎→望美風味だったのは、作中であまりに九郎が不憫だったからです。
いっそ、このルートでSS書くのもいいかもですね・・・!
龍神の神子だと知られて狙われた望美を守り守られな九望とか。
あとやってみたいのが、ヒノエ君イベントの、海賊に攫われるの阻止なんですが・・・。
こっちも思いっきりフラグ折りですね。
いつか、気が向いたらやります。
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更新履歴ブログ「冴雫」。たまに小話か萌え語りカテゴリでSSS投下。
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