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冴雫
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うっかり忘れていた(勘違いしていた)一周年。

速攻で書き上げたSSです(予想より長くなりました)。
要は一発書きです。

手直しは、サイトに再掲する時に。



そんな急いで書き上げたものですが、読んでくださる方は追記からどうぞ。











 吉羅が理事長室の扉を開けると、少女の声が耳に飛び込んできた。

「リリはずるいよね」

 その言葉に疑問を覚えながら、吉羅は室内に入って扉をそっと閉めた。
 少女は扉に背を向けていて、まだ吉羅の存在に気づいてはいない。
 驚かせようか、と子ども染みたことを考えたのもあり、少女の憤慨している様子に声をかけずらかったのもあり、吉羅はそのまま少女の死角に入り込んで息を潜めた。
 俗に言う、盗み聞きだ。
 だが、相手が少女と、忌々しいアルジェントだったから、さほど気が咎めることはない。
 どんな言葉が飛び出すか、と吉羅は腕を組んで少女の言動を見守った。

「我輩の何がずるいというのだ!」

 少女の言葉にいささか気分を害したのか、ふわふわと宙を漂う妖精と呼ばれるものは語尾を強くした。

「だって、吉羅さんのこと、小さい時から知ってるんでしょ?」

 なんだ、それは・・・と拍子抜けしたのは吉羅だけで、アルジェントは納得したように頷くと胸を張った。

「ああ、赤ん坊の頃から知っているぞ」
「それがずるいの! 私なんて、18分の1しか知らないんだよ?しかも、今日でようやく1!」
「今日で?」
「そう、今日で。一年前、初めて吉羅さんと会ったのが今日」
「おお、そうだったのか? よく覚えているな」
「そりゃ、覚えてるよ。だって、リリがまた見えるようになった翌日だもん」

 会話からすると、香穂子が自分が知らない吉羅を知っているリリに嫉妬をしているというもの。
 だが、話題になっている吉羅は、アルジェントに知られたくもない過去を知られていること、そして香穂子が自分との出会いの日付を覚えているのはアルジェントが再び見えるようになった翌日だから、というのに微かに嫉妬染みた思いを抱えた。
 自分は、香穂子と初めて会った日のことをきちんと覚えていないのは棚に上げて。
 香穂子の感情が落ち着いたのを見計らって、吉羅は香穂子に声をかけた。

「ずいぶんと楽しそうな話をしているね」

 吉羅の眇められた目を見、リリは慌てて姿を消した。
 香穂子は決まり悪げに視線をうろつかせる。

 吉羅は立ち聞きをしていたことなど感じさせない悠々とした態度で椅子に座ると、手を組んで香穂子を見遣った。

「18分の1、か」

 ぼそりと呟くように、しかし確実に香穂子に聞かせるために囁かれた言葉は、意図した通り香穂子の耳にしっかりと届いた。
 それを聞いた香穂子は、彷徨っていた視線を吉羅に固定すると、前のめりになって言葉を発する。

「どっ、どこから聞いてたんですか!」
「アルジェントのことをずるいとか言っているあたりだな」
「立ち聞きですか・・・!」
「君が、私が入って来たのに気づかなかったんだろう」

 吉羅の堂々とした態度と、道理が通るように聞こえる言葉に、香穂子はぐっと押し黙った。
 吉羅は手を解いて机を指でコンコンと叩くと、思案気な顔をして口を開いた。

「その考えでいくと、私が君と過ごした時間は32分の1、ということになるね」

 18分の1よりもよっぽど小さい数字に、わかっていたことながら香穂子は肩を落とす。
 過去を全部知りたいなどというつもりはないが、年数の大きさを実感する。
 しかし、顔を伏せた香穂子の耳に、吉羅が続けた言葉が飛び込んできた。

「分母の数を分子の数が超えることはないが・・・。割合を変えることはできるさ」

 訝しげに顔を傾けた香穂子に、吉羅は算数を教える教師のような心もちで解説を加える。

「今は18分の1だろう。だが、これから先も共に過ごせば・・・例えば、君が今の私と同じ32歳になった時には32分の14になる。割合は大まかにいって2分の1だ」

 香穂子は吉羅の言ったことを理解しているのかいないのか、目をぱちぱちとさせている。

「平均寿命は、男性が約79歳、女性が約86歳だから、それぞれまで生きたとすると、私は79分の47。君は・・・そうだな、私の年齢や寿命を考えると・・・65分の47と言ったところか。割合にすれば、私は2分の1をゆうに越えているし、君は4分の3程にはなるだろう。つまり、人生の大半を君と過ごすことになる訳だ」

 数学が苦手な香穂子にしてみれば吉羅の言葉はわかりづらいことこの上ないが、最後の一言だけはすとんと胸に落ちてきた。
 これからずっと先、吉羅と共に過ごしていけば、人生の半分以上は吉羅と過ごす計算になる。
 それを考えれば、18分の1なんて些細なものだ。
 
 途中で何らかの原因で命が経たれることがないなどと言い切ることはできないが、そのことは今考えるべきことではない。

 何より、香穂子の胸を嬉しさで満たしていたのは、吉羅が、自分が死するまで、ずっと香穂子が共に居る未来をいとも簡単に描いてみせたことだ。
 言葉の綾だったとしても、そういう未来もあるのだと信じることができた。

 途端に顔が緩んだ香穂子は、気を抜くとにやけそうに頬を押さえて吉羅を隠れ見た。
 しっかりと気づかれてしまったその視線だが、吉羅は気にすることもなく、手にした書類に目を落とす。
 そんな吉羅の姿をしっかりと瞳に焼き付けて、香穂子は持ってきていた楽譜を読み始めた。
 ずっと共に居る未来を作るためには、まずは著名なヴァイオリニストにならなくてはいけない。

 真剣に楽譜を見詰める香穂子を、吉羅は書類処理の合間にちらりと見遣った。
 勢いで口にしてしまった部分があることは否定しきれないが、どちらかというと本音がぽろりと出てしまったようなものだ。
 女子高生にプロポーズめいた言葉を捧げるとは、と自分に驚きながらも、嬉しそうだった香穂子の表情を思い出して口元に笑みを浮かべる。
 


 いつか、こんなことがあったと笑い話に出来る日が来るのだろうか。
 いや、そんな未来を引き寄せてみせる、と香穂子と吉羅は同じことを思って、そんな未来を手繰り寄せるべく、目の前の紙片に取り組んだ。













後書

本気で、一発書きです。
怖くて読み返せない・・・。

数学が苦手なのは管理人です。
計算が間違ってたらすみません・・・。

一周年、ありがとうございます!


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