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冴雫
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・「夢浮橋」の重衡フライングSS。

 のつもりだったんですが、「夢浮橋」っぽくはないかも。
 スチルから妄想想像しただけなので、夢浮橋設定は大分無視しています。

・一応重衡×望美です。

・長いです。本当なら2・3に分けたほうがいいかも。

・ゲームを全然やっていないので、台詞が曖昧・・・。
 突っ込まないでやってください。

・元ネタは『平家物語』巻十「内裏女房の事」より。
 でも、「内裏女房の事」に忠実なわけでもありません。
 あくまで元ネタレベル。

・和歌が出てきますが、訳は自己流。
 間違っている可能性も大。

以上のことをご了承の上、SSを読んでくださる方は追記からどうぞ。

 一ノ谷にて捕らわれた重衡は、小八葉の車に乗せられ、京の大路を渡っていた。
 車は前後の簾が上げられ、左右の窓も開けられている。
 さらには周りを三十人ほどの兵で囲み、重衡を守りつつも逃げられないよう警戒を張り巡らせていた。
 見せしめとして行なわれたこの処置。
 重衡は悔しさを滲ませるでもなく、ただ心静かに思い出深い京の地を眺めるばかりだった。
 その視界に写るのは、昇殿する時に使用していたよりも粗末な牛車の内装に、無骨な武士、遠巻きにこちらを眺めている人々。
 しかし、重衡の脳裏に映るのは、京での忘れがたい春の一夜。

「―――十六夜の君。」

 口内で呟いたのは、京を追われ、後悔に苛まれながらも、忘れることのできなかった女人の名前。
 本名ですらないその呼び名だが、重衡はこれ以外に彼女を呼ぶ名を知らない。
 春の夜、まるで幻であったかと思うほどの夢のように短い逢瀬。
 「また会うから」と告げられた言葉に、今の状況ではもう望みはないかと自嘲する。
 この先、頼朝に会うこととなっているようだが、命が長いとは思っていない。
 何がしかの取引に使われる可能性もあるが、平家にそれをよしとする者はいないだろうし、それは自分も同じ。
 捕えられたとは言っても、武士の誇りは未だ捨ててはいない。
 死ぬ覚悟もできている。
 ただ、約束を果たすことができそうにないことだけが僅かな心残りだった。

 そっと目を閉じ、その想いを封印しようとした途端、牛車が突然止まった。
 何事か、と耳をそばだてると、護衛の兵士は誰かと話をしているようであった。

「これは、九郎殿。」
「土肥殿。仕事の最中に申し訳ないが、この路の先には強力な怨霊が出現している。今、退治しているところだが、念のために迂回していただけないだろうか。」
「怨霊が・・・!」
「大丈夫だ。こちらには怨霊を封印できる神子がいる。」
「そうでしたな。お知らせいただき、ありがとうございます。」

 では、と言って方向を変えた牛車。
 怨霊を封印できる神子の噂は聞いていたが、実物はどんなものかと、重衡は視線を滑らせた。
 九郎が止めに来たため、怨霊の出現している場所は遠い。
 しかし、怨霊に一歩も引くことなく対峙している少女の姿が小さく見えた。
 紫苑の髪を靡かせるその姿。
 大路に響き、怨霊を封印するその声。
 忘れがたい印象に、少女はぴたりと当てはまった。

 その場から遠ざかりながらも、重衡の視線が少女から外れることはない。
 光に包まれた怨霊が消え去ると、少女はこちらを振り向く。
 正面から見た顔は、重衡に確信を抱かせた。
 以前会った時は御簾越しだったとは言え、空に溶ける直前、一瞬だけ見ることのできた顔を忘れることなどできなかった。

「十六夜の、君―――!」

 少女の姿が見えなくなっても、重衡は一点を見つめ続けていた。





 車は六条を東へ河原まで行き、やがて故中御門籐中納言家成の卿の御堂、八条堀川というところへ辿り着いた。
 重衡はその屋敷にて厳重に監視され、ある取引を持ち出された。
 それは、「重衡の身柄と三種の神器を引き換えにする」というもの。
 そのようなことは到底受け入れがたく、重衡は迷う間もなく断った。

 あとは、ただただ死を待つばかりの時間。
 しかし、重衡は京で見た少女を忘れることができなかった。

 叶うことはないだろうと思いつつ、一縷の望みに縋って土肥殿に少女に会いたいと申し出る。

「土肥殿にお願いがございます。怨霊を封印できるという神子に、会わせてはいただけませんか?」
「源氏の神子に、でございますか?何故…。」
「かつて、一度だけお会いしたことがあるのです。あとは死を待つばかりのこの身、せめてこのささやかな願いを叶えてはいただけませんか?」

 重衡の真剣な瞳に何かを感じたのか、土肥はついにその首を縦に振った。

「わかりました。実現は難しいとは思いますが、申し出てみましょう。」

 土肥は敵方であるとは言え、重衡を無下に扱うようなことはしなかった。
 情に厚い人物のようで、重衡を迎えた屋敷でも手厚い世話を受けさせている。
 そんな彼の情に訴えかけるような願いに、微かに罪悪感を感じながらも、希望の光が重衡の胸を満たしていた。



 梶原邸にやってきた一人の使者。
 応対したのは、ちょうど外に出ようとしていた朔だった。

「こちらに、源氏の神子様がいらっしゃるとお聞きしたのですが…。」

 望美に用がある、というのは珍しくはない。
 怨霊を封印する力を有する望美の元には、助けてもらったと礼を言いに来る者が多いのだ。
 しかし、使者が来ることはあまりない。
 疑問に思いながらも、肯定の言葉を返す。

「ええ、確かにいますけれど。」
「神子様にお会いしたいとおっしゃっている方がいらっしゃるのです。」

 貴族に望美の知り合いの心当たりなどない。
 怨霊から助けるのは、多くが一般兵や市井に暮らす人々だ。
 首を傾げ、疑問を露にする。

「望美に…?」
「はい。詳しくはこちらの文をご覧ください。」

 そう言って差し出された文を開くと、目に入った文字に朔は息を呑んだ。


「望美。」
「あ、朔。出掛けるんじゃなかったの?」
「ええ、そうなのだけれど、出掛けようとしたらこんな文が。貴女宛てよ。」

 視線に促されて、文を開く。
 並んでいるのは、現代で過ごしていた時には縁のなかった流麗な文字。
 しかし、何度も時空を繰り返すうちに段々と読めるようになってきた。

 その内容は、平重衡が神子に会いたいと願っているとの申し出。

「しげ、ひら、さん…?」

 驚愕を隠すことのできない望美に、朔が驚きながら疑問の言葉を口にする。

「貴女、重衡殿とお知り合いだったの?」
「う、うん。前にちょっと、ね。」

 望美の、未だ揺れる瞳に気付きながも、それ以上問い掛けることはなく、朔は話を続ける。

「では、会うの?」

 朔の問いに、望美は瞳に力強い光を宿して頷いた。

「うん、会うよ。」

 何故、重衡が望美に会いたいと言っているのかはわからない。
 ただ、名が高い「源氏の神子」がどんな者か見たいだけで、あの夜のことなど覚えてはいないかもしれない。
 それでも、望美は救いたいと願った人に会うことを選んだ。





 捕われの身の重衡に許されたのは、神子は牛車に乗ったままの、僅かな間の逢瀬。
 時間は短くとも、対面の時を前にして重衡の鼓動は速まるばかりだった。

 瞼を閉じて落ち着こうとしている重衡の耳に、こちらに近付いてくる牛車の音が聞こえた。

 車寄せに停まった牛車に、思わず足早に近付いてしまう。
 御簾越しに、愛しい人の影が見えた。

「神子殿でいらっしゃいますね?」
「…はい。」

 急くあまりに、言葉を柔らかく包むことすらできなかった。
 御簾の内から返ってきたのは鈴の音のような、可憐で澄んだ声音の肯定。

「御簾を上げてもよろしいですか?」
「はい。」

 早く顔が見たいとの想いを必死で抑え、驚かさないようにそっと御簾を上げる。
 中にいたのは、恋い焦がれていた十六夜の君、その人。
 
「十六夜の君…。」

 揺れる瞳を微かに潤ませて、こちらを見つめる愛しい人。
 重衡が思わず零した言葉を聞き、彼女は目を見開いた。

「覚えて、いるんですか?」

 瞳の潤みが増し、一粒の雫が頬を滑り落ちた。
 重衡はその涙を綺麗だと思いながら、頬に手を伸ばして雫を拭う。
 彼女も、覚えていてくれた―――。
 そのことに、胸に温かいものが込み上げてくる。

「貴女のことを忘れるなど出来ようはずもございません。お会いしたかった。幾度、貴女のことを想い月を見上げたか…。」
「重衡さん…。」

 この想いを全て言葉にすることなどは出来ないけれど、少しでも伝えたくて口を開く。
 その想いに思わず呟かれた彼女の言葉に僅かに切なさを覚えた。
 「重衡」。それは確かに己の名前。誇りを持ってもいる。
 だが、「十六夜の君」に対する時だけは「銀」でありたいのだ。
 彼女にとっての、大切な男に。

「どうか、銀と呼んではいただけませんか。」

 その想いから、十六夜の君に希う。
 重衡の言葉に、少女は微かに顔を俯かせる。

「貴方は、確かに銀です。でも、今目の前にいる貴方は重衡さんなんです。」

 以前の逢瀬でも不思議な言葉を残していった彼女だが、再び不思議なことを言う。
 重衡は、「銀」である。しかし、重衡は「重衡」であると。
 
 重衡の戸惑いを感じたのか、望美は彼の手を取り、瞳を真摯に見つめた。

「私が助けると誓ったのは、『貴方』です。」

 望美の言葉に、彼女にとって名などは些細なことなのだと重衡は気付く。
 彼女が、かつての逢瀬で求めたのは「銀」。
 しかし、その逢瀬の最後には「重衡」の名を呼んだ。
 自身がどのような名前で呼ばれようと、本質が変わるわけではない。
 「銀」と呼ばれたいのは、想い出に縋っているから。

 望美の想いに触れた重衡は、掴まれていない方の手を望美に伸ばす。
 目を瞬かせた彼女の頭をそっと引き寄せると、額同士をこつんと当てた。
 驚きながらも否定の色はない彼女に甘えて、そのままの体勢で言葉を紡ぐ。

「それでも、一度だけ。『銀』と呼んではいただけませんか。」

 呼び名は、人の本質を変えるものではない。
 けれど、「源氏の神子」でなく「十六夜の君」に会いたいと願ったのは「三位中将 平重衡」ではなく、只の男として。
 重衡にとって、只の男としての名は「銀」だった。

 間近からの熱い視線に促され、望美はぽつりと、零したように呟く。

「銀…。」

 その言葉を聴き、重衡は胸のうちが満たされるような心地がした。
 彼女に涙を流させることだけが心苦しいが、もう未練はない。

 瞼をそっと閉じ、身を離す。

「もう、辺りが暗くなって参りました。護衛され、貴女も剣術を修められているとは言え、女人には物騒です。お帰りは、どうかお気をつけて。」

 これ以上一緒にいても、苦しい想いが募るだけ。
 別れ難いが、ここはその想いを押し殺すのがいいだろう。

 名残惜しそうにこちらを見つめる望美に、瞼を開いた重衡は儚げな微笑みを見せる。

 しかし、合図を受けた牛車が動き出そうとすると重衡はそれを止め、望美の袖を掴んだ。
 袂にそっと口付けると、和歌を口にする。

「―――あふ事も露の命ももろともに今宵ばかりや限りなるなん。」

 和歌には詳しくないまでも、大体の意味を感じ取った望美は目を見開く。 
 会うことも、露の命―――重衡自身の命も、今宵ばかり。
 そんなことを重衡に感じさせるために、望美は重衡に会いに来たのではない。

「そんなこと言わないでください!」

 瞳に強い光を宿し、重衡に向き直る。

「私は、貴方を助ける。今は難しいかもしれないけど、私は諦めてはいません。お願いだから、希望を捨てないでください。」

 強い光に、悲しみの色を滲ませながら望美は訴えた。
 武人が、命より名を惜しむことは知っている。
 重衡は、覚悟を決めたら命を捨てることを厭わぬ人だとも。
 自分の言っていることが、重衡にとっての未練になるかもしれない。
 それでも、望美は重衡に諦めて欲しくなかった。
 不自然なほど凪いだ瞳に、輝きを取り戻して欲しかった。

 望美の言葉に重衡は目を見開いた後、悲しげな笑みを見せた。
 その重衡に向かって、望美はもう一度、同じ言葉をかける。

「貴方は、私が助ける。待ってて、銀―――重衡さん。」

 決意を露わにした瞬間、望美は光に包まれた。





 眩しさに思わず閉じていた瞳を開くと、目の前に広がるのは草原。
 混乱した頭で辺りを見回すと、目に入ったのは夢の小箱と、自分の時代、他の時代の八葉。

 そこでようやく、望美は自身が天界にいたことを思い出す。

 先程体験したのは、ただの夢だったのか。
 そう考えた望美だが、手のひらと額のぬくもりを忘れることはできない。

 あのような運命に陥るかもしれない重衡を救うためにも、まずは天界を抜け出すことが必要なのだ。

 決意を新たにした望美は、天界の空を見上げた。
 夜がない天界には、月もない。
 それでも、彼方の時空の月に想いを馳せる。

「必ず、助けるから。」

 小さな呟きは、天界の自然だけが聞いていた。













後書

いやに細かいところ…牛車の種類とか、通った道とか、屋敷とか、土肥殿とかは「平家物語」からとりました。
本当は、重衡のところにかつて仕えていた人が訪れて、その人が女房との連絡役をやるんですが、そこは割愛。

女房に最初の文を送った時に和歌をそえて、それに対しての女房の返歌があるんですが、それも割愛。
だって、「涙川うき名を流す身なりとも今ひとたびの逢ふ瀬ともがな」に「君ゆえに我もうき名を流すとも底のみずくと共になりなん」ですよ。
望美に会った重衡は、うき名を流すようなことは止めたのだと思っているので。

あと、最後の重衡の歌に対する女房の返歌も割愛。
「かぎりとて立ち別るれば露の身の君より先に消えぬべきか」
…望美はこんなこと言いませんもんね。


まぁ、そんな感じで、本家から都合のいい設定ばかり借りてきました。


あ、設定と言えば、軽く裏設定。
土肥に声をかけに来たのが九郎なのは、こちらに向かってくるのが源氏の武士なのは分かったけど、誰かまではわからなかったので、ひとまず八葉のなかで一番位の高い九郎を向かわせとけとなった為。
怨霊は木属性なので、円陣にも入っていなかった設定。

正直に言うと、景時の口調が想像しづらかったのもありますが。
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